エラリイとニッキーがリバーサイド・ドライブを散歩している最中に、その事件は起こった。イタリアン・レストランから飛び出してきた男がポストに駆け寄り、その直後車に撥ねられて死んだのだ。その男、ビル・ロッシーが死に際に残した言葉は「ジョー・サリバン……六十六番クラブ……他の者にも注意しろ、殺される――！」だった。
ビルが残した言葉を頼りに、エラリイは六十六番クラブへ向かった。ビルの今際の際の伝言を聞いたバーテンダーのジョー・サリバンは驚愕し、その場に居合わせた商業美術家のアーネスト・フィリップスもまた慌てふためいてその場を出て行ってしまった。
結局詳しい話を聞くことができなかったエラリイは、ビルの母から〈生き残りクラブ〉のことを聞き出した。ビルもまた〈生き残りクラブ〉の会員であり、近々大金が手に入ることを匂わせていたのだという。その〈生き残りクラブ〉というのは、第一次世界大戦中に南カリフォルニア沖で沈没した海軍軍人の生き残りと、彼らを助けるためになくなった艦長ギルバード・チェリーの妻と娘を永久名誉会員としてなる親睦会なのだが、その事故で生き残った化学製品会社の社長デイビッド・Ｗ・フレイザーが会のために信託基金を設けたのだ。そして基金がスタートしてから二十年後に、その当時生き残っていた会員全てに分配することになっていた。その総額は十二万ドル。
一人死ねば、信託基金の取り分が増えることになる。その点に危うさを感じたエラリイは、二十年目を迎えた〈生き残りクラブ〉の最後の会合を監視することになった。そして、最後の乾杯に出されたリキュールをエラリイは飲むのを禁じた。それに毒が入っているというのだ。果たして、リキュールには青酸が含まれていた。
これこそがビルが残した警告の正体だったのか？ そして、いったい誰がリキュールに毒を入れたのだろうか？ エラリイの推理はこの謎を解き明かすことができるのだろうか？
この作品はこちらで紹介しているのと同じ内容である。
従って、基本的には上記に示したものと同じ、ということになる。
興味深いのは、やはりラジオドラマが元になっているということで、会話文によって話が進んでいくためか、重要な手がかりを説明する部分がいかにも説明的な会話になっていたりする。さすがのクイーンも、この辺りの処理は上手くいかなかったらしい。
文章として読んでいる限りはそれほど違和感はないにしても、実際に声を当ててドラマにした場合、この部分がいかにも“怪しい”という部分になってしまっていたかもしれない。
住所はぼくの住所でいいよ(P.7)と、警察官の事情聴取に対してエラリイは答えた
秘書のニッキーが手元を離れていたためご機嫌斜めなエラリイは、デパート経営者であるサミュエル・マーチから依頼された仕事を受けることにした。
それは、世界の各地にいるはずのサミュエルの三人の子供を彼の元に召喚することであり、当初はその仕事を断ろうとしたエラリイだったが、召喚の目的がサミュエルによる新しい遺言状の作成とその開示であることを知ると、仕事に着手することにした。
エラリイは、パナマ運河の警備に当っていた軍属の長男パトリック、建築修士でありながらピアニストと結婚してマネジメントを行っていた次男のロバート、イギリス貴族と結婚して金の無心だけを行っていた長女のロバータを呼び出すことに成功した。
彼らが不平不満を漏らす中、サミュエルから発表された新しい遺言状の内容は、さらに三人の子供たちを不満の極致へと追いやるものだった。それは、パトリック、ロバート、ロバータを相続の対象から外すというものだった。デパート事業は従業員へ、個人的な資産は長年の間サミュエルのそばで働いていた秘書のジャスパー・ベイツに譲る、と記載された遺言状を開示したサミュエルだったが、それを示した際に見せた子供たちの醜態に耐えきれず、新遺言状へのサインを翌日へ延ばしてしまった。
その状況を危惧したエラリイの予感は的中し、サミュエルは何者かに刺し殺されてしまう。
しかも、現場に“MARCH”というダイイングメッセージが残されていることを電話でエラリイに説明していたクイーン警視もまた、何者かに殴り倒されてしまうという事件も発生した。
そして、どういうわけか、クイーン警視を殴り倒した犯人は、机の上に残されていた血で書かれたサインを消し去っていった。
新しい遺言状は捜査の途中でNYPD本部へ持っていったため無事であるが、エラリイはあえて遺言状の行方を明かさずに捜査を行うことをクイーン警視に示唆した。
三人の子供たちにはそれぞれアリバイはなく、動機の点でも疑わしい部分は充分にある。そして、残された“MARCH”という言葉も、三人にそれぞれ当てはまる。
困惑するエラリイだったが、犯人に消される前のダイイングメッセージを写した写真を見た直後、彼の論理は犯人を明らかにした!!
まず。
上の説明では、本作のネタバラシを避けるために、単語の記述についてあえて誤って記載している。
と、説明が気をつけなければならないくらい、テキストを表示するジャンルとしては、デリケートな謎解きを行っている作品である。
逆に言えば、会話によって進行するラジオドラマとしては、極めて適切なところでダイイングメッセージの謎が解き明かされるということになるので、そういう意味ではよくできた作品である。
というよりも、クイーン名物とでもいうべきダイイングメッセージものを、テキスト形式ではなく口述形式で行っているというところが、そもそもすごいのではないだろうか。
すなわち、ダイイングメッセージとは、死に行く者が最後に残したメッセージのことであることからも明らかであるように、“残る”ものである。ところが俳優や声優の会話によって進行するラジオドラマにおいては、何物も“残らない”。録音しているものは残る、とかシナリオは残る、とかそういう意味ではない。声によって伝えられる情報は伝達の機能を果たし終えた後に再度確認可能な形式で残らない、ということである。探偵役の人がダイイングメッセージの内容として『犯人は○○だ』と言った場合に、○○が犯人だという認識としての情報は我々の記憶に残ったとしても、『犯人は○○だ』という言葉そのものは空気中に拡散して消えてしまうのだから。
その点を解決しているという意味で、本作におけるダイイングメッセージの取扱は絶妙なものだと言えるだろう。
もっとも、犯人を指摘するためのダイイングメッセージそのものとしては、日本人的には不明瞭である。というか、英語圏でもこの単語を出されて、「犯人はこいつだッ！」と指摘するのは難しいのではないだろうか？
メイデン・レーンにある事務所に、宝石商のケニヨンを訪ねてきたラザルス教授と名乗る男は、ダイヤモンドを２倍にする方法を生み出した、と真顔で語っていた。一笑に付そうとしたケニヨンだが、ラザルス教授がその方法を実演する、と語ったことで考えを改めた。仲間の宝石商を誘い、四個のダイヤモンドを２倍にして欲しい、とケニヤンはラザルス教授に申し出た。ただし、実権はケニヤンの事務所にある大金庫の中で行い、実験中そこから一歩でも外に出る場合には刑事と医師の身体検査を受けなければならない、という条件を与えて。
実験は開始され、期限の一週間を過ぎたところで、ラザルス教授は実験期間の延長を申し出た。その延長を受け入れた後、ケニヨンが不安を感じ事務所へ戻り金庫の中を改めた時……四つのダイヤモンドは影も形もなかった！
厳重な警戒の中から、どうやってラザルス教授はダイヤモンドを盗むことができたのだろうか？ 事件について相談を受けていたクイーン警視とエラリイがその謎に苦しんでいたとき、新たな事件が発生した。東二十四丁目にあるホテルの一室で、ラザルス教授が殺されていたのが発見されたのだ。
誰がラザルス教授を殺したのか？ そして、ダイヤモンドはどうやって盗まれたのか？ エラリイが突き止めた解答とは!?
この作品はこちらで紹介しているのと同じ内容である。
従って、基本的には上記に示したものと同じ、ということになる。
ラジオドラマということで、当然のことながら会話文で進行することを前提としてか、投資家たちの出身国の言葉を種々織り交ぜているところが小説版とは異なっている点である。小説版でも、ドイツ語を使ったりフランス語を使ったりはしているわけだが、あくまでも会話のアクセントとしてしか機能していない。
しかし、ラジオドラマの場合はこのような外国語の発音が、キャラクターの出身地を明確にするという意味で大きな役割を果たしていたのではないだろうか。
もっとも、だからといって、ちょっと昔の日本のドラマみたいに、中国の人が「アイヤ〜、なんとかアルね〜！」とか言われても困るわけだが。
執筆に疲れていた作家フィリップ・ジャーニイは、主治医のランシングと自宅へ戻ってきたとき、彼の家に仇なすとされている“黒衣の女”の幽霊を目にし、ランシングが持っていた六連発リボルバー拳銃を発砲した。だが、幽霊は何事もなかったかのように消え去った、とジャーニイは叫んだ。
ジャーニイ家と長く付き合いのあるスコットランド人のオーグルビーは、その“黒衣の女”はジャーニイ家の男たちに死を告げる存在なのだと語った。“黒衣の女”は三度現れ、その三度目の後でジャーニイ家の男は死んでいくらしい。
そのことで相談を受けたエラリイは、リボルバーの弾丸を検査するために、クイーン宅のソファを撃ち抜くという騒ぎを起こし、ジャーニイは心臓発作で倒れてしまう。
責任を感じたエラリイは、ジャーニイを救うために、作家の仕事に慣れているニッキイを秘書としてジャーニイの元へ送り込むことにした。その一方で、“黒衣の女”が現れたという四阿を調査したエラリイは、ジャーニイが撃った弾丸を発見して線条痕調査を行った。その結果は、間違いなく、幽霊を撃った弾丸はランシングの持っていたリボルバーから放たれたということだった。
また、ジャーニイは執筆によって、意外な程の財産家になっていたため、遺言状についてクイーン警視とヴェリー部長刑事が調べたところ、遺産相続人は妻のノーマだけであり、義理の弟になる映画人のキースも妹で未亡人のクレメンスも、遺産の恩恵を受けないことが明らかになった。
ニッキイがセーブしようとしたにも関わらず、ジャーニイは粉骨砕身の勢いで執筆を続けていたが、ある夜再び“黒衣の女”を見たと叫んで倒れてしまう。それを知ったエラリイは、ヴェリー部長刑事にジャーニイ邸を監視してもらうことにした。
ところが、体調をわずかに取り戻してオスカー・ワイルドの短編集を読み始めたジャーニイは、自宅に戻ったエラリイに電話をして『怯えさせることで自分の命を狙う陰謀が存在する』という話をしている最中に、何者かに殺害されてしまった。しかも、ジャーニイが読んでいたはずのワイルドの短編集もまた、何者かに持ち去られてしまったことが判明した。
エラリイは、過去に書かれたワイルドの短編集が、この事件の犯人を指摘している、と喝破したのだが……!?
『呪われた洞窟の冒険』同様、ホラー色の濃い作品である。しかし、これもまた同様に論理的な展開で犯人を推理できるようになっているというところが、なんともクイーンらしい。ただ、実際(?)問題として、幽霊が必ず“すり抜け”を行うのか、という点での疑問はあるのだが。
また、本作の謎は、普通に行われる犯人当ての他に、ワイルドの短編集を読んだことによって犯人の存在が明らかになった謎、というのも存在するのだが、こちらはオスカー・ワイルドの作品によほど通底していないとわからないはずである。正直、この短編集に関わる謎というのは必要だったのだろうか？という気もする。
その一方で、普通に行われる犯人当ての方は、名手の冴え衰えず、という展開である。誰もが考えそうなことを当然のように提示しておいて、それを論理で否定することにより犯人の絞り込みが行われるというのは、当たり前のように思われるが、これをクイーンほど徹底的に、忠実に、そして鮮やかに行う作家はいないのではないだろうか。
銀行家サディアス・Ｖ・タイタスが所有する空き地に、いつの間にかマンハッタン、カンザス、ディキシー、カリフォルニアを名乗る四人のホームレスが住み着き、ある種の共同体を構成していた。その共同体に新たな参加者が加わることになった。ヤンクと名乗ることになったそのホームレスを、彼らは快く受け入れた。
だが、ヤンクは、共同体の掟に反し、共有可能な全ての財産を差し出していなかった。提供した37セントの他に、4ドルも持っていたのだ。風邪気味だったヤンクは今少しの間ここに残してくれと言ったのだが、結局マンハッタンから提供された小屋を追い出されてしまう。
そして、一週間後にヤンクの死体がマンハッタンの小屋から発見された。何者かに頭部を殴打されて殺されたヤンクは、ただのホームレスではなく、この土地の持ち主であるタイタスがすられたダイヤモンドの指輪と関係があるようだった。
また、このところ、マンハッタンの小屋に何者かが侵入していることから、一晩ヤンクが過ごした際に何かをそこに隠したことが考えられたことから、エラリイたちは夜の間小屋を見張ることにした。
そこに現れたのは、一頭の犬だった。元は警察犬のようだったその猛犬を、エラリイはこの周囲を警備していた警備員マックの手袋を借りてどうにか手なずけることに成功した。
犬が示したところを掘ってみたところ、指輪を入れていた小箱は発見できたが、指輪そのものは見つからなかった。
しかし、エラリイは、これで指輪を盗んだ犯人と、ヤンクを殺害した犯人を指摘することができる、と確信した！
深い展開や切れ味の良さなどがあるというわけではない平凡な作品。
と言ってしまうと味気ないような気もするが、よくよく考えてみれば、この域まで行っていないミステリが山ほどあるのである。それを考えると、クイーンの腕の冴えというのはまさに入神、という感じである。
本作のネタ的に興味深いのは、『双頭の犬の冒険』のようなシチュエーションが出てきたりすることだろうか？
もちろん、このシチュエーションがそのまま使われているというのではなく、そう予想させて実は違う、というところがクイーンである。
ぼくはいつも犬には目がないんだよ(P.232)と口にしていることから、エラリイは犬派……ということでいいのかなァ(C)草加雅人
カリフォルニアから東に戻る途中、夏の中西部ホグズバーグの田園風景に魅了されたエラリイたち一行は、その風景を16mmカメラで撮影しようとして車を止めた。トウモロコシ畑の中に立っていた案山子を撮影していたエラリイは、その案山子に駆け寄った作男が顔色を変えて、案山子が血を流していると叫びながら自分たちの方へ走ってくるのを目にした。
マシュー農場に置かれていたそれは案山子ではなく、案山子の装束をさせられた男だった。重傷で意識はなかったものの、辛うじて命は取り留めた。だが、この“案山子”氏を治療した医者は、自分はこの地方の人は誰でも知っているのに、この男は顔を見たことがない、と言う。
この事件に興味を持ったエラリイは、“案山子”氏が放置されていたマシュー農場に聞き込みを行うことにした。
放逐した息子のジョナサンを目の敵にしていて、目に入る若い男は全てジョナサンだと思い込んでしまっているパパ・マシュー。
実質的にマシュー農場の切り盛りを行っているママ・マシュー。
その娘で出産した娘を早くに喪ったために神経を病んでしまったジュリー、その夫で農場の仕事をしているホーマー・クレイ。
大学で農学を修めたにも関わらず作男をしているジェド・ビゲロー。
彼らがマシュー農場の住民だった。そして、彼らは、“案山子”氏のことを知らないと語り、ジョナサンの顔は“案山子”氏とは全く違った顔だった。マシュー農場での成果はなく、病院に戻ったエラリイたちを待っていたのは、“案山子”氏が逃げ出した、という出来事だった。
“案山子”氏の事件から五ヶ月後、エラリイの元にホグズバーグの治安判事から手紙が届いた。その手紙には、五ヶ月前に自分が嘘をついていたことを謝罪することが記載されていた。ホグズバーグでは、自分と、三年前に亡くなった町の記録係だけが“案山子”男の正体を知っている、ということがその手紙に書かれており、さらに今ならば全てを話す、とも。
エラリイたちはホグズバーグへと向かったが、治安判事は病気のために数日前に死んでいた。失意のエラリイたちは吹雪のために身動きが取れなくなったこともあり、再びマシュー農場を訪れることにした。翌日も雪が降り続けていたが、吹雪ではなかったため、ホーマーが妻のために雪だるまを作りだし、エラリイとニッキイもそれを手伝った。ホーマーはビゲローからコーンパイプを借りると、雪だるまに咥えさせて、雪だるまを完成させた。
その夜、あまりの寒さに眠れなかったエラリイとクイーン警視の部屋に、ニッキイがやってきた。今度は雪だるまが血を流しているというのだ。雪だるまを崩したエラリイたちは、その中に胸を二箇所刺された“案山子”氏が埋め込まれていたのを目にした。雪だるまの周囲には一組の足跡だけが残されていたことから、被害者は雪の止む前に納屋に隠れていたこと、そして殺人者がマシュー邸から出てきたことを意味していた。そして、雪だるまの中に永久に死体を隠すことはできないことから、犯人は自分たちがマシュー農場を後にするまで死体を隠すことができればいい、と考えていたことをエラリイは推理した。
だが、エラリイにわかったことはそれだけだった。“案山子”氏の正体も、誰が“案山子”氏を殺したのかもわからず、エラリイはホグズバーグを去った。
しかし、事件のことを忘れていたわけではないエラリイは、その時も撮影を行っていた16mmのフィルムを見返しているうちに、事件の真相を突き止めた。エラリイに拠れば、雪だるまの周囲がスコップで掘り返されていることが解決のカギだという。
三度、ホグズバーグに向かったエラリイたちを待っていたのは……!?
身元不明の死体の正体と、殺害者の正体を追うという本作の展開は、『チャイナオレンジの秘密』と同様であるが、その完成度という点では、コンパクトな作品ながらも、本作の方が上であるように思う。
『チャイナ〜』では死体の正体の判明と殺害者の正体との関係がことさら明確になっていないために、全てがひっくり返された部屋の中で衣服を裏表に着ている死体の謎の解明について、特段の意味がないという問題があった。それに対して、本作では、“案山子”氏の正体を探る展開と、彼を害した存在を追求する展開とが分離せず、この短いドラマの中で緊張感を保ち続けるための重要な要素となっている。
ただ、身元不明の“案山子”氏の正体を判明するための手がかりは作中きちんと開示されているのだが、法制度の異なる国では（日本含む）有効な手がかりとは言い難いのはやむを得ないことであろう。あと、作中で医師が“案山子”氏を知らないというのだが、ワッセルマン検査は別のところで行われたということなのだろうか？
法月綸太郎氏の解説や、訳者である飯城勇三氏の後書きにもあるとおり、本作はラジオドラマとしてはかなりの意欲作なのではないか、と感じる部分がある。それは、“風景”という存在を前提としていることであろう。
言うまでもなく、ラジオなので、風景の説明がなければ、聴取者にはそれがいつの季節かわからない。もちろん、作中では夏であることを説明したり、冬であることを説明したりしているのだが、映像として感じられるわけではないから、実のところ案山子に男が偽装されていたり、あるいは雪だるまの中に男の遺体が埋められていたり、というのを口で説明したとしても、その状態を実感するのは難しいのではないかと思う。
加えて、本作の事件を解くカギについても、実のところビジュアル的な部分にあって、フェアプレイであろうとして説明を行っているところは、文章として読んでいると苦しい部分もある。
だが、それを踏まえてなお、クイーンは本作において景色、風景、背景というものの存在を前提としている。
それは、ラジオドラマという範疇に囚われない作品を目指していたからに外ならないのではないだろうか。
トウモロコシ畑に黄金の波がうねる繁栄の夏と、なにもかもが失われてしまった真っ白い冬、その対比が本作のドラマの背景としてあり、その情景を口で説明するだけでは聴取者には実感してもらえないかもしれない覚悟を秘めて、クイーンはスタンダードな短編ミステリをものにした。
いや、それどころか、解決したのは犯人の正体だけであって、それ以外のことは何も解決できない無力なエラリイという描写もまた、ラジオドラマとしては意欲的な作風であろう。
当たり前の話だが、このラジオドラマは犯人当てを楽しむためのパズルなので、犯人を当てることが聴取者にとっての最大の目的である。それ以外のことはある意味どうでもよいことのはずだ。
しかし、クイーンが何作かのラジオドラマを書き上げてきた上で、犯人を当てたとしても事件の解決には繋がらない、という本作のような作品を提示してきたのは、自らの作風の変革を模索していたことの表れではなかろうか。
その一番の表れが本作であり、この流れが後の『災厄の町』に繋がっていくということなのだろう。
そして、“風景”である。
風景の変化が意味する、時間の流れ。
これまでのクイーンの作品では、それほど長い時間をかけて事件を解決する、という展開はそれほど見られなかった。
ところが、本作では、短い作品なのに、事件が解決するまでに五ヶ月という時間がかかっている。
作中の風景もそれを示すために、緑と金色のトウモロコシ畑から白一色の雪景色へと変化している。
このような大きな時間の流れを描写することは、前期クイーンの作品ではほとんど行われていない。それも当たり前の話で、〈国名〉シリーズなどでは、一週間とか一月程で事件が解決してしまうケースがほとんどである。例外的に長いのは『エジプト十字架の秘密』で、これは六ヶ月程度の時間経過がある。
ところが、『エジプト〜』における時間の経過は、ドラマ的にはそれほど大きな意味はない。事件の間が何ヶ月も開いているという点では本作も同様なのだが、『エジプト〜』においては正直なところ、次の日に事件の続きが起こっても、作品の読後感はそれほど変わりがない。
それに対して、本作では案山子、雪だるま、と男を隠すためのギミックに変化が生じているほかにも、事件がもたらした影響を直接的に表現するかのように、風景の変化が行われている。
夏の暑さの中に放置された男と、冬の寒さの中に放置された死体。
事件に巻き込まれたマシュー農場の変化。
それらを、風景の変化が暗喩している。
その暗喩を表現できるようになったことが、クイーンの筆致の進化著しいところである、ということになるのだろう。
本作はラジオドラマとして書かれたものであるが、映像化しても傑作になるのではないか、という気がする。
夏の暑さと冬の寒さとを実感させるような映像を撮れる映像作家の手によって、短編作品として作られないだろうか。
そういう気持ちにさせてくれる傑作である。
ハリウッドに毒されたに違いないな(P.246)と指摘してしまう
・おんぼろデューセイが蜂の巣にならなかったのも不思議はないな(P.258)
ヘッセンクロニクル紙では、社長のハーヴェイ・モレルの指揮の元、悪徳政治家のアーサー・リヴィングストンに対する告発キャンペーンの準備が行われていた。当然、リヴィングストンがそれに対して黙っているわけはなく、モレルの家族に対して危険が降りかかるかのような風評が流れ、しかもリヴィングストン自身がヘッセンクロニクル社に現れ、モレルに対して警告を促した。
それだけでなく、かつてモレルが援助をしていた発明家のドルブニイも、モレルが騙し取った発明を返すことを要求してきたが、モレルは正当な契約の元に発明の譲渡は行われたとして、その訴えを退けた。
そんなときに、モレルの妻エルシーが電話を入れてきた。エルシーによれば、小学校に行ったはずの娘アリスが未だに学校から戻って来ていない、という。一抹の不安を感じながら、モレルは家に戻ることにした。
モレル邸では、偶然にも家族ぐるみで友誼のあったニッキイがエラリイを伴って訪れていたことから、アリスの帰宅が遅くなっていることについて、相談を受けていた。帰宅してきたモレルも交えて、実はアリスが小学校へ行っていないことについても話し合われた。アリスの居場所について、彼女が潜んでいそうなところを探していたエラリイは、遊戯室のドアの内側に一枚のメモがピンで止めてあったのを見つけた。
そのメモにより、アリス・モレルが何者かに誘拐されたことが明らかになった。
メモに拠れば、現在モレル邸は誘拐犯が監視・盗聴しており、警察やFBIに事件を届けるのも当然のことながら、呼び鈴が鳴らされても応じてはならない、と記されていた。そして、翌日の正午、盗聴線によって身代金の支払い方法を説明するために、呼び出し音は鳴らなくてもエルシーが電話に出ることを指示されていた。当初モレルはこの件についても、リヴィングストンの件と同様に戦おうとしたのだが、エルシーの涙ながらの説得により、犯人の指示に従うことにした。また、指示があるまでは誰も家から出てはならないということから、エラリイとニッキイはこの事件に巻き込まれることになった。
外部との連絡を取ることもできず、外出して調査をすることもできないことから、エラリイにも何ら打つ手はなかったが、書斎からクロニクル社に直通する専用線のことをモレルが思い出したことにより、盗聴の心配なしに外部との連絡を取ることが可能になったことから、エラリイはクイーン警視を呼び出して事情を説明した。連絡を受けたクイーン警視とヴェリー部長刑事は、モレルに対して恨みを持っていると思われるリヴィングストン、ドルブニイの調査を行い始めた。その結果、シカゴのギャング、シルキー・バレットを見つけたクイーン警視たちだったが、直接的な収穫は得られなかった。
次の日の正午、エルシーは電話に出た。呼び出し音はなかったが、犯人からの指示は滞りなく行われた。小額紙幣で十万ドルを用意してトランクに収め、真夜中に“マコーレイ荘”という廃屋にて取引を行うというのが犯人からの指示だった。当然、銀行からの行き帰りに、モレルが誰とも話してはならないという条件付きだった。
しかし、エラリイは、秘かにモレルの車に乗り込み、犯人との取引の場を監視することにした。その作戦は上手くいき、クイーン警視、ヴェリー部長刑事と合流したエラリイは、取引が行われるマコーレイ荘の監視を開始した。
一方、エルシーはこの状況に我慢できず、エラリイが置いていった車に乗り込むと、マコーレイ荘へ向かい、ニッキイがそれを追いかけてきた。予想外の展開を受けて、マコーレイ荘に乗り込んだエラリイたちが見たのは、殺害されたモレルとアリスの死体、それを目の当たりにして泣き崩れていたエルシーの姿だった。
何者がアリスを誘拐し、モレルを殺害したのか、現場を捜査していたクイーン警視が暖炉の奥に押し込まれていた身代金を収めたトランクを発見したとき、エラリイには犯人が分かったというのだが……!?
推理ドラマとしては定番的な“誘拐”というシチュエーションであるが、このような展開がどうしてドラマとして定番化されたかというと、やはり「時系列に沿って動く」、ということが大きいような気がする。
もちろん倒叙もので名作を作ることができるのは『刑事コロンボ』で証明されているわけだが、誘拐をドラマにした場合、人質が生きているのか死んでいるのか、あるいは身代金の受け渡しは成功するのか失敗するのかなど、フックとなる部分が明確であることもさることながら、“誘拐事件発生→犯人からの連絡→身代金受け渡し→その後、人質は……”という一連の流れが明確であって、フラッシュバックを入れるなどの演出を入れないようにすることも踏まえて、視聴者／聴取者の関心をドラマの展開から離さないようにできるためである。
本作でも、もちろん同様に、事件の始まりから終了までをきっちりと描いている。冒頭から動機を持つ人物が登場し、誘拐が明らかになり、身代金と人質の交換を行う手順が示される中、それを出し抜いて犯人を捕まえようとするというのが普通の展開だが、そこはクイーン、犯行現場ではなく、誘拐された家庭を密室化することで、事前に犯人に対する情報にアクセスさせないようにするギミックを加えて、ドラマに一捻りを与えている。
犯人を解く謎について、解説では短編のとある作品の逆パターンが使われていることが示されているが、実はそれ以外の短編の方が影響があるのではないだろうか？ 展開から考えると、そちらの方でエラリイは犯人を指摘しており、解説にて言及された作品の影響はあくまでも犯人の動機を明確にするためだけのようにも思える。
モレルが久々に逢ったニッキイに対して、“カンザス・シティ以来”というようなことを話しているところをみると、ラジオドラマのニッキイは、『緋文字』に登場するニッキイである可能性が高い
シカゴのギャング、シルキー・バレットに近付くため、クイーン警視がとっさに名乗った偽名。太平洋側から来たと自称する彼の相棒は、ベリー部長刑事こと〈殺し屋〉トミーである
モーガン・ヴァンス、ミルトン・ヘルパーン、トーマス・ゴンザレスの三人の著名な権威者によって執筆されている。
このうち、トーマス・ゴンザレスはニューヨーク市の現職の監察医主任である