書名（邦名、原題名）

事件名（戒名）

被害者名

凶器

死因

内容

結婚４年目を迎えるまでは、ダーク・ローレンスとマーサの二人は幸せそうに見えた。ところが、４年目になると、この二人の結婚は破局を迎えつつあった。父親の遺産で舞台演出を始めたマーサが、自分に隠れて浮気をしているのではないか、とダークが疑い始めたためだった。そんな中、秘書のニッキー・ポーターがマーサの友人である関係から、エラリイは二人の痴話げんかに巻き込まれることになった。マーサが相談を持ちかけてきたために誤解を受けたエラリイはダークに殴られてしまい、彼から謝罪の言葉を聞くとともに、ダークの事情についても相談を受けることになった。自分の父が母と姦通した相手を殴り殺し、母に対して冷たい態度を取り続ける様を目の当たりにしていた幼いダークは、どうやら根深い女性嫌悪症のようなものを患っているらしかった。エラリイは、ローレンス夫妻の完全な破局を防ぐために、ダークに小説家としての仕事の続行を勧めるとともに、ダークの仕事を手伝うという口実でニッキーが彼らのそばにいるよう頼み込んだ。そうすれば、ダークが危険な行動に移る前に、彼を止めることができるかもしれない、という思惑だった。当初は、ニッキーの助力でダークは快調に作品に取りかかっていたのだが、やがて陰りが見え始めた。やはりマーサが浮気をしているのではないか、という疑いを振り払うことができなかったダークは、拳銃の射撃練習を行い始めたのだ。

ダークの予想は正しかった。ニッキーはマーサが見知らぬ男から電話を受けるのを聞き、そして謎の手紙がマーサの元へ届いたのだ。「木曜日　午後４時　Ａ」と赤字で書かれた手紙を受け取ったマーサが、次の日の木曜日、午後４時にＡ―ホテルの６３２号室に男と入っていくのをエラリイは目撃することになる。男はかつて舞台で活躍していた俳優ヴァン・ハリスンだった。エラリイは、ダークに抑圧されたマーサが本当に浮気に走ったのではないかとニッキーに語り、この問題から手を引こうとしたのだが、ニッキーに説得される形で、ローレンス夫妻の結婚生活を守るため、マーサの監視を続けることにした。

赤字で書かれた手紙は「Ｂ」、「Ｃ」……と続き、エラリイはそれが逢い引きの場所を示すイニシャルであることに気づいた。ハリスンとマーサは、ニューヨークの観光ガイドブックを暗号を解くためのキーアイテムとして使用していたのだ。だが、それがわかっても、二人を止めることはエラリイにはできなかった。そのうち、マーサがハリスンに金を渡しているのを、エラリイは目にした。別件でハリスンに遺恨のあるコラムニスト、レオン・フィールズによれば、ハリスンは舞台俳優としてのキャリアを活かして、浮気相手から金をせびり取っているらしい。エラリイは、フィールズから預かった資料で、ハリスンの過去を暴露し、強請の罪で告発しようとしたのだが、ハリスンが過去知り合った女性は皆ハリスンを訴えようとはしなかったため、手詰まりとなってしまった。

そして、ダークがついに、二人の関係に気づいてしまった。エラリイは彼の手から拳銃を取り上げることには成功したのだが、激昂したダークはついにハリスンの家に上がり込み、彼の寝室にいたハリスンとマーサを、ハリスンの拳銃で撃った。マーサは重傷を負い、ハリスンもまた瀕死だった。だが、ハリスンは、自らの血で壁に「ＸＹ」という文字を書き残してから、息絶えたのだ！

姦通相手を射殺したダークに対する裁判が始まった。事件の内容から、弁護士はダークの正義を訴え、裁判は早々に結審を迎えそうであった。しかし、エラリイは、死にかけたハリスンが残した血文字の謎を追い続けていた。いったい、ハリスンは今際の際に書き残した「ＸＹ」という緋文字で何を訴えたかったのだろうか？　エラリイがその謎を解き明かしたとき、事件は意外な方向へ……!!

感想

本作『緋文字』は、現在筆者が主催しているWebページを生む元となった作品である。その意味では、『九尾の猫』よりも、直接的に筆者に影響を与えた作品であると言えるだろう。というのは、大学時代、サークルの後輩からエラリイ・クイーン・ファンクラブ会誌『ＱＵＥＥＮＤＯＭ Vol.23』をいただいたのが、そもそものきっかけである。この中の“エラリウス・ビブリオフィルス”というコーナーにおいて、クイーン作中に登場する書籍や雑誌、あるいは作品に関する詳細な解説が行われており、この巻において『緋文字』に登場する書籍雑誌あれこれが取り上げられていたのを見て感心の思いを有したのだ。就職やら何やらで、結局筆者がこのエラリイ・クイーン・ファンクラブに参加することはなかったのだが、「書評として、こういうアプローチもあるのだなぁ」という思いは長いこと抱き続けていた。そして、自分でWebページを開くにあたり、この“エラリウス・ビブリオフィルス”のコーナーを思い浮かべ、それを参照して現在のような体裁のクイーン書評ページがある、という展開なのだった。そういうわけで、本作『緋文字』は、またちょっと思い入れのある作品であったりする。

個人的な思い出話はこのくらいにして、本作『緋文字』についての感想を書き連ねることにしよう。本作を読み返して思ったのだが、案外傑作だったのだなぁ、というのが一番に浮かんだりした。無論、『九尾の猫』や『『フランス白粉の秘密』ほどではないにしても、ダイイングメッセージの謎解きについて、久々に切れ味鋭いエラリイの推理は堪能することができるし、物語としてもかなりスリリングな展開を有している。確かに殺人が起きるのは作中かなり後半になってからなのだが、それが気にならないのだから、読む者を飽きさせないという意味では、充分にエンターテインメント作品として合格していると言えよう。また、本作について、フランシス・ネヴィンス・Ｊｒ．が『エラリイ・クイーンの世界』で示している、マーサの態度が不可解という評についても、子細に読むとそうでもないという感じはする。作品のネタばれになるので詳細は明かせないが、真実が明らかになった時点においても、マーサの取った行動は有り得ない展開ではない。

また、エラリイの推理も切れ味が冴えている。“ＸＹ”というダイイングメッセージの謎を解くまでにはかなりの時間と幾許かの直感を必要としたが、その謎を解いてからの推理はなかなか（なにしろ、物語の後半の後半だから、短い内容とは言え）見応えのあるものである。特に、その推理から演繹して、存在するはずの物証を導き出し、それが実在したことが示されるシーンは、実にクイーンの作品らしい、論理的な展開である。こういうロジカルな楽しみがあるから、クイーンの作品は面白いのだ。

その一方で、エラリイの人間味もまた一段と深みを増して来ているのも見逃すことはできない。なにしろ、知り合いの痴話喧嘩を止めようとして奮闘努力するエラリイというのは滅多に見ることのできない代物であるし、さらにその努力の甲斐もなく事態が最悪を迎えつつあることに失望して、泣き出してしまうエラリイというのはもっと見ることができないものだろう。『九尾の猫』でもエラリイは泣いたが、これは自分に絶望して泣いたのに対し、『緋文字』では他人のために泣いたのだ。事件の関係者が殺されても自分に責任はないなどと考えていた『アメリカ銃の謎』の頃とはまったく異なったエラリイがそこにいるのである。

こうしてみると、小説としても読み応えがあり、エラリイの推理も冴え、しかも登場人物がそれぞれ人間らしい振る舞いをしている本作は、《国名シリーズ》ほどの知名度はないというきらいはあるが、案外とクイーン初心者にお勧めできる作品であるように思う。この時期、クイーンの作品は傑作が多いが、初心者に安心してお勧めできるのは、案外とこの『緋文字』かもしれない。

特記事項

ニッキー・ポーター

マーサ・ローレンス

ぼくはお説教をしようというわけじゃないのだ――姦通などよりもまだ悪い犯罪がたくさんあるんだからね(P.26)

ダーク・ローレンス

『わが恋は死せり』

ダーク、エラリイに売れるコツを相談する

『沈黙の音』

アレックス・コン

エラリイの治療法

自動拳銃

朝の６時

ヴァン・ハリスン

フレーム空調会社

エラリイの目

Ａ―ホテル

アーニイ

三杯も飲めば蠅のようにへたばるくせに(P.84)

牛肉と胡椒とトマトを使ったわけのわからない料理

『ニューヨーク見物の手引き』

マーサとハリスンの逢い引き場所

1. Ａ―ホテル６３２号室
   木曜日、午後４時
2. バワリー演芸場前
   月曜日、午後３時
3. チャイナタウン、地階中華料理店
   木曜日、午後８時３０分
4. （ビリイ・ローズ）ダイヤモンド・ホースシュー・ナイトクラブ（記載P.102)
   金曜日、午後８時１５分
5. エンパイア・ステート・ビルディング１０２階(P.28)
6. フォート・トライオン・パーク修道院(P.49)
   午後１時
7. グラント将軍の墓(P.46)
   午後２時
8. ヘイドン・プラネタリウム(P.132)
9. アイドルワイルド(P.78)
10. ジョーンズ・ビーチ(P.123)
11. キーン・イギリス料理店(P.82)
12. ルイソン・スタジアム(P.109)
13. メイシイ百貨店(P.28)
14. ニュー・マジソン・スクエア・ガーデン(P.31)
15. 牡蠣料理　グランドセントラル駅(P.81)
16. ペンシルヴェニア駅(P.27)
17. クイーンズボロ橋、ウェルフェア島へ渡るところ(P.76)
18. 貯水池、セントラルパーク(P.40)
19. スタッテン島のフェリー発着所(P.12)
20. トリニティ教会(P.15)
    午後９時
21. 国際連合本部(P.37)
22. ヴァラエティ誌本社(P.115)
23. ワシントン・マーケット(P.16)
24. ゾキル料理店(P.94)
25. ヤンキー・スタジアム(P.119)
26. 動物園　ブロンクス(P.51)

レオン・フィールズ

デイリイ・ニュース

エラリイの自慢

エラリイの生き甲斐

ハリスン家の召使

ハリスンの部屋

マーサのスポーツ・コート

八人の女性

泥棒のルーイ

探偵としてのエラリイの行動指針

備考