秘書のニッキーを連れて、ロサンゼルスのパラマウント社との契約を済ませたエラリイは、慌ただしく東部へ戻らなければならなかったのだが、乗
るはずの列
車を逃してしまった。
エラリイとニッキーは、仕方なくサンタフェ駅から普通寝台に乗ることにした。エラリイたちが乗ることにした寝台車には、宝石セールスマンの
ジョージ・レ
イサムや、売れなくなった女優のリーリー・ドッド、新婚旅行中のスタイルズ夫妻、そしてフランスから来たナポレオン研究家のデュボワが乗り合わせていた。
エラリイは、デュボワからナポレオンが使っていたと言われる剃刀を見せてもらった。それは、1915年のナポレオンの勝利を記念して作られた
ものと言わ
れていたが、実際は真っ赤な偽物で、デュボワはそれを普通に剃刀として使っていた。
寝台列車は運転を続けていた。テキサス州アマリロ付近で、ニッキーのロマンティックな意図のためにエラリイは叩き起こされた。だが、その時エ
ラリイが見
つけたことはロマンのロの字もない事件だった。デュボワの寝台に潜り込んでいたレイサムが殺されていたのを発見したのだ。
早速保安官が乗り込んで来て捜査を開始したが、レイサムが殺された時間の関係から、どこの地域の保安官が捜査を担当するべきかについて問題が
持ち上がっ
ていた。また、レイサムが自分が言っていたような宝石のセールスマンではなく、ニューヨークで三個のエメラルドを強奪してサンフランシスコで売りさばこう
とした宝石泥棒であることも判明した。従って、レイサムはエメラルドを持っているはずなのだが、それが見つからないという問題もあった。
エラリイは寝台車を封鎖した上で、ニューヨークのクイーン警視へ連絡を入れた。エラリイは、警視に対して凶器となった剃刀を送付して指紋検査
などを依頼
した。
カンザスシティに列車が到着すると、リーリーの婚約者と称するマクナリティ上院議員が乗り込んできて彼女を連れ出そうとしたが、エラリイは彼
もまた車内
に拘束するのだった。
クイーン警視も列車に乗り込み、レイサム殺害犯と盗まれたエメラルドの捜索を行っていたが、どちらも見つかりそうになかったため、警視は一計
を案じた。
デュボワをフランスから来た宝石強盗ということにして、レイサムを殺害した疑いで逮捕する、という芝居を行うことにしたのだ。こうすれば、油断した犯人が
エメラルドを持って出て行こうとするのを見つけることができる、と警視は考えていた。
だが、エラリイは警視のその計画を聞いた直後、エメラルドの在処に気づいた。それどころか、レイサムの殺害犯はアマリロの段階でわかっていた
とニッキー
に告げた。
果たして、エメラルドの行方は、そしてレイサムを殺した犯人は!?
2009年になってもクイーンの作品について評論を書くことができるというのは実に幸せなことである。
もちろん本編というわけではなく、クイーンがシナリオを書いたラジオドラマについてということになるのだが、クイーンであるからには当然ラジ
オドラマで
はなく、きっちりとした謎解きものに仕上がっている。
なにしろ、『読者への挑戦』ならぬ『聴取者への挑戦』があり、論理に従って推理を行えば犯人を当てることができるのだから、これはもうクイー
ンの作品以
外のなにものでもない。
そういうわけで一作目なのだが、レイサムの殺害犯を見つけることと、失われたエメラルドの行方を探す、という二つの謎が提示されている。
犯人を捜す方は、歴史に詳しい人ならば意外と簡単に見つけることができるかもしれない。このようなわかりやすさは、巻末解説にも記載されているように、
本作がラジオドラマとして作成されたものなので、読み返しが効かず、またコアなクイーンファン向けではないから、ということなのだろう。
エメラルドを探す方は、犯人が判れば判るわけだが、その隠し場所の意外性はクイーンならでは、と感じさせてくれ、ラジオドラマと軽んずるなかれ、という
出来に仕上がっている。
ロングアイランド海峡に係留された〈暗雲〉号に、エラリイとニッキー、クイーン警視とヴェリー部長刑事が乗り込んでいた。〈暗雲〉号では、バ
レンタイン
一家が彼の義理の家族であるアルフレッド・クロケットをもてなすためのクルージングの準備を行っていた。クロケットは南アフリカでダイヤモンド採掘を行っ
ていたが、余生を過ごすためにアメリカに渡ってきたのだ。
そして、クロケットがエラリイとクイーン警視、ヴェリー部長刑事をこのクルージングに招いたのは、単に親善のためではなさそうだった。
夜になって、クロケットは〈暗雲〉号のバイ船長からディクタフォンを借りて口述筆記を行うため、船長の部屋に篭もった。他の客人は、自分の
ファースト
ネームと同じ名前の作家が書いた作品をゼスチャーで示して当ててもらうというゲームを行っていた。バイ船長はジャック・ロンドンの『荒野の呼び声』、マー
ガレット・バレンタインはマーガレット・ミッチェルの『風とともに去りぬ』、ジュール・バレンタインはヴェルヌの『海底２萬マイル』をやってみせた。
その後、寝付けなかったエラリイとニッキー、クイーン警視が甲板を散歩していると、バイ船長が船長室で異常が起こっていたことを告げに来た。
船長室に
行った彼らが見たのは、射殺されたクロケットだった。ディクタフォンのマイクを握りしめており、殺されたのはわずか数分前だったらしい。
警視は、ディクタフォンに録音されていたクロケットの声を一同に聞かせた。それは新しい遺言書を書くためのものであり、それに拠ればクロケッ
トは自分の
財産をバレンタイン一家に渡すのを止め、赤十字に寄付することを考えていた。この遺言書を正式のものとしないために、犯人はクロケットを殺したに違いな
い。
録音の中で、クロケットは宝石のことをしきりに気にしていたようだが、その録音の中に犯人の名前が吹き込まれている、とエラリイは指摘し
た!!
クイーン名物ダイイングメッセージもの。
もちろん、もともとはラジオドラマであったため、そのメッセージは音声で語られることになるので、それほど凝った作りにはなり得ないが、本作
における最
大の問題を「犯人の名前がいつ聴取者に対して明らかにされたか」ということにすることで、一風変わった作品として仕上がっている。
サラ・ブリンクは、自邸に妹のフローレンス・ヘイズとその息子ボビーを住まわせていた。サラは、甥であるボビーを憎からず思っているようなの
だが、ボ
ビーの方はそれを喜んではいなかった。
夕食の時間になり、フローレンスも帰ってきたので、サラは自分とフローレンスのためにウサギの肉を使った田舎風のシチューを出し、ボビーのた
めにラズベ
リーゼリーのオムレツを用意しようとした。
だが、ボビーがカナリアのかごにいたずらをしたために、カナリアが逃げ出すという騒ぎが起こった。騒ぎを片付けたサラがシチューを啜った直
後、彼女は苦
しみを訴えて倒れてしまった。
作家の仕事をしているエラリイの元に、サラの店子であるメルトン医師が彼女を連れて訪れた。メルトンはサラが毒殺されかけたことをエラリイに
調査しても
らおうと思っていたのだが、サラはそれを拒絶した。メルトンの口述を信じるならば、サラの毒殺未遂にはボビーが絡んでいるとしか思えなかったが、サラが調
査を拒絶したことにより、エラリイは自分の仕事に戻ることにした。
だが、クイーン警視からの連絡を受け、エラリイはサラのアパートへ向かうことになった。そこでエラリイが見たのは、サラの寝室を跳梁跋扈する
うさぎと、
毒殺されたサラの遺体だった。検死したプラウティ医師の見立てでは死因は砒素中毒だった。また、その寝室には、手品で使われる仕掛け付きのシルクハットが
置かれていた。
そのことから、この事件には手品を行う奇術師が絡んでいるとエラリイは考えたのだが、実際に階下にはボビーの友人である奇術師の〈偉大なるゴ
ルディー
ニ〉が住んでいた。クイーン警視は、彼がレイジートング（伸び縮みするマジックハンド）を持っていたこと、彼がサラの家の台所に近づくことができる非常階
段に立っていたところが目撃されていること、そして彼が以前薬剤師であったことから、ゴルディーニを犯人として疑っていた。だが、ゴルディーニは犯人を
知っていて、しかもそれを語る気がないという。
ウサギの肉を使った田舎のシチューが好きなのはサラとフローレンスだけだったこと、サラは自分でウサギを飼っていてその肉をシチューに使って
いたこと、
この家にはうさぎの他にカナリヤやネコ、金魚なども飼われていることなどが捜査の途中で判った。
と、その最中、ヴェリー部長刑事が拳銃が盗まれたと騒ぎ出した。盗まれたのはそれだけではなく、エラリイの万年筆、ニッキーの化粧品入りポー
チ、クイー
ン警視の嗅ぎ煙草入れもいつの間にか盗まれており、しかもそれらは階下のテーブルの上に置かれていた。
エラリイは、事件にボビーが関係していると考え、彼の部屋を捜索した。その結果、衣装ダンスの奥の羽目板の先に隠し階段があり、その先に奇術
道具と砒素
が隠されているのを、エラリイは見つけた。
それによって、エラリイは事件の真実を解明したと主張したのだが……!?
『Ｙの悲劇』再び、と思わせながら実は、という作品。
シナリオ的にはともかくとして、化学的には成り立たない作品であるため、評価としては辛めにせざるを得ない。
また、法律的にはともかくとして、倫理的な点についても疑問の残る作品である。
砒素ではうさぎは殺せんのだよ(P.120)
リトル・ナポレオン、または〈20%王〉とも呼ばれる詐欺の親方、ナポレオン・ショートの捕物だというのに、エラリイは風邪を引いて動けな
い。
隠れ家から南米へ逃げ出そうとしていたナポレオンを、クイーン警視は待ち構えていたが、ナポレオンはどういうわけか「雨が降りそうだ」という
言葉を発し
て家の中に戻ってしまう。いつまで経っても出てこようとしないことに業を煮やしたクイーン警視はついに隠れ家に踏み込むが、そこにいたのはジョナサン・ロ
ングという大男のナポレオンの使用人だけだった。
クイーン警視とその部下たちは隠れ家を隈なく捜索したが、小男のナポレオンを見つけることはできず、クイーン警視は病床のエラリイに相談を持
ちかけた。
エラリイは、この事件がシャーロック・ホームズの短編『ソア橋の怪事件』の一節と同じであることを指摘した上で、ナポレオンが隠れていそうな
ところを指
示したのだが、やはりナポレオンを見つけることはできなかった。
そこで、エラリイは、ナポレオンが隠れている場所は特定の場所ではなく、クイーン警視たちが探している間に別の隠れ場所に移動していることを
示唆したの
だが……？
大男と小男とが登場することから、小男が大男に化けて逃げ出そうとしているのでは……と思わせながら、そこはクイーン、エラリイが風邪を引い
ていてベッドから離れることはできないというシチュエーションも加えて、そんな展開にはしないところがさすがである。
ただ、この作品をラジオドラマとして放送したのだとすると、ナポレオン役の人の声の選定がかなり難しかったのではないだろうか？
また、読んでいるときにはさほど気にならなかったのだが、ナポレオンの隠れ場所について、やはりラジオドラマではトリックの開示がフェアではないような
気がする。
このチビの悪魔は日本人よりもずるがしこかったですな(P.180)
六日前にアディロンダックに遊びに行ったニッキーを心配して一睡もできなかったエラリイだったが、ニッキーから電話が入り、親しくなった一家
のロッジに泊まることになりさらに数日滞在が延びそうなこと、そこには幽霊が出ること、そして知らない男たちが一緒に泊まっていることを聞き及ぶにいた
り、エラリイ、クイーン警視、そしてヴェリー部長刑事らは車でテカムセ・ロッジにあるコリンズ邸へと向かうことにした。
コリンズらに迎えられたエラリイ一行は、やはりコリンズ家の客である心霊現象の研究家であるモンターギュとアレックス・ルイスとが幽霊が出るという洞窟
の調査を行おうとしているのに出くわした。その洞窟は突き当たりが湖に通じているものの断崖絶壁で登攀はほぼ不可能であること、入り口に水を撒いて人が入
らないようにすることで、響き渡る怪音が人の手に依るものではないことを明らかにする計画だった。また、洞窟の入り口には以前この洞窟を見せ物にして金を
取ろうとした者の手によって扉がつけられていた。この洞窟に、モンターギュとルイスは24時間篭もることで、幽霊が存在することを明らかにしようとしてい
た。
翌朝、エラリイとニッキーは実験を行おうとするモンターギュとルイスの様子を見に行こうとしたが、ルイスはモンターギュの姿が見当たらなくなっていると
騒いでいた。洞窟の前の広地は、夜の間に雨が降ったために入り口に水を撒く必要はなかったが、そこにはモンターギュの小さな足跡が残されていた。エラリイ
は足跡を踏まないようにして洞窟の中に入った。そこで見つけたのはモンターギュの絞殺死体だった。奇妙なことに、手で首を締められたことを示すその絞殺痕
は、親指の痕が首の後ろ側に残されていた。そして、さらに奇妙なことに、モンターギュが洞窟へ入っていった足跡のみがそこに残されていたのだ。
残された足跡はモンターギュのみが洞窟へ入ったことを示していた。だが、絞殺者はどうやって洞窟へ入ったのか。入るのはなんとかしたとしても、どうやっ
て洞窟を出て行ったのか？ また、今回の絞殺事件と、ロッジそばに残されていた何者かが足を踏み外した跡は何かの関係があるのか？
エラリイとクイーン警視、ヴェリー部長刑事が困惑している間に、コリンズ家の使用人フィンチが洞窟の中で殺されていた。モンターギュの時と同じく、足跡
はフィンチのものだけが残されており、そばにカメラが壊されていたことから、犯人を撮影していたフィンチが恐喝を行おうとしていたことが考えられた。
コリンズ家の誰もがモンターギュを殺す理由を持っていた中、エラリイが指摘した意外な犯人とは!?
クイーンの作品としては珍しい密室もので、なかなかに出来がよいと思う。密室のシチュエーションそのものはそれほどでもないかもしれないが、
他の人物が洞窟に入った可能性を論理的に潰していくそのやり方がなんともクイーンらしくて魅惑的なのだ。なにしろ、巻末解説でも指摘されているように、
“本当に幽霊が絞殺した”という可能性さえ除外するための手がかりまで配置されているくらいである。
その他に興味深いのは、これまでの作品では、ニッキーがエラリイに粉をかけるのに対して、エラリイはそれを取り合わないという展開だったのに対し、本作
ではニッキーが自分を取り合わないことに疲れ果てたエラリイが業を煮やして行動を起こしたにも関わらず、実際にニッキーに逢うと力強く抱き締めたくせに、
『ぼくがここまで足を運んだ本当の理由は幽霊の伝説で――(P.191)
』などと言ってしまうエラリイのツンデレ具合が笑えたりする。。
ニューヨークへ帰還する途中、空腹に苦しめられたエラリイ一堂は、街道沿いにあった「セス・ブラウンの宿泊用キャビン」の宣伝文句であるス
テーキとチキンの文字に誘われて足を留めたのだが、それは誇大広告以外のなにものでもなかった。
それでも食事になんとかありつくことができたが、そこに居合わせた帰還軍人のジェス・ペンドルトンとバージニア・ウェンダーは結婚をするための立会人を
求めていた。そこで、エラリイたちに立会人を頼もうとしたとき、花嫁の父であるウェンダー氏と、彼の共同経営者であるモートン・ピングルが現れた。ウェン
ダーによれば、バージニアはまだ18になっていないために結婚することはできず、しかもウェンダーはピングルとバージニアとを娶せようと考えていたとき
に、娘が駆け落ちをしたのだという。
ウェンダーは、この夜はもう帰宅できないために、娘とピングルともども宿泊用キャビンに泊まることにした。何かの予感に囚われたエラリイたちもまた、こ
のキャビンに宿泊することにした。
エラリイとニッキーは成り行きでキャビンの経営者であるブラウンの水仕事を手伝うことになったが、その時ブラウンが電光掲示板でウェンダーに呼び出され
た、と言って出て行った。ブラウンは、ウェンダーが睡眠薬を飲むためのコップを探していたために呼び出されたらしい。
せっかくの機会で、ニッキーはエラリイと二人きりになりたかったのだが、結婚に失敗したブラウンが自分の妻が自分に危害を加えるかもしれないと言い張っ
て、夜の散歩にまでついてきてしまう。
そこに、去ったはずのジェスが現れ、ピングルと騒ぎを起こしたことで、寝付いたはずのクイーン警視とヴェリー部長刑事とが起きてきた。が、この大騒ぎに
ウェンダーが起きてこなかったことに不信を抱いたエラリイは、電灯がつけっぱなしのウェンダーのログキャビンへ向かった。
何ということか、ウェンダーのキャビンはガスが充満していて、ウェンダーはガス中毒で死んでいた。ガス漏れで死んだのではなく、ガスの元栓が四つ開けら
れていたことから、殺人であることが明らかだった。
何者がウェンダーを殺害したのか、キャビンのベッドの足もと、部屋の中央、窓の側で死んでいた蛾を見つけたエラリイは、犯人もまた見つけたと言うのだが
――？
今回の元本の原題となった作品。
帰還軍人と駆け落ちしてきた娘とが焦点になるかと思いきや、花嫁の父が殺されるという展開が意外感があったりする。犯人の発見もスピーディでラジオドラ
マらしいスマートな仕上がりで、結婚熱に浮かされたニッキーがエラリイとどうにかして二人きりになろうとして、なかなか上手く行かないという展開が事件の
伏線となっていたりするところが、クイーンらしい緻密な作りだったりする。
かつてクイーン警視の部下であり、現在は〈ワールドワイド保険〉の調査員であるマイク・キャラハンは、エラリイのところに稀覯書販売の大手
Ｃ・Ｄ・ブラック社の帳簿係であるバーベッジという老人がやってくることを知り、クイーン家に顔を出していた。実は、キャラハンもまた、〈ワールドワイド
保険〉調査員の業務として、ブラック社のことを調査していたのだ。
エラリイを訪れてきたバーベッジは、ブラック社の現在の経営者である三代目エドマンド青年が手品には詳しくても稀覯書販売には詳しくないため、共同経営
者に稀覯書販売の専門家にして貴重書籍の印刷にも明るいアブナー・ワトソンを迎えたのだが、どういうわけか高価な古書が次々と紛失するという事件が発生し
ていること、そして余人には明かせない驚愕すべき事態が生じていることをエラリイに告げ、この事件について調べて欲しいと依頼してきた。
キャラハンに対する敵愾心から、エラリイはその依頼を引き受け、原稿を仕上げ次第、自分の出版社に寄る前にブラック社を訪ねることにした。結婚直前の
カップルを装ってブラック社に現れたエラリイとニッキーは、ひょんなことから書籍窃盗犯と勘違いされて拘留されてしまう。
クイーン警視とヴェリー部長刑事とに嘲笑されたエラリイは、事件が無事に解決したら解雇した社員を再度再雇用するというワトソンが言ったことから、解雇
された社員の頼みでニッキーともどもブラック社の社員として雇われることにした。エラリイが掴むことができなかったバーベッジの秘密について先んじて気づ
いていたキャラハンもまた、ワトソンの新しい秘書として雇われることになっていた。
エラリイと勘違いされた書籍窃盗犯が再び現れたが、洗練された手口で古書を盗んで去っていったため、エラリイもキャラハンもその男を捕まえることはでき
なかった。だが、キャラハンはこの手口を知っているという。エラリイもまた、犯人が勘違いしてエラリイの鞄を持ち帰ってしまったためにワトソンの部屋に置
いておいた鞄がまたしても盗まれたことによって、鞄にしかけられていた細工に気づいた。二重底になっており、本の上にその鞄を置くことで内部の仕掛けが本
を取り込むようになっているのだ。
バーベッジが再びエラリイの元を訪ねてきたので、エラリイは書籍盗難事件と、その犯人について指摘することができることをバーベッジに告げた。だが、
バーベッジが隠している謎についての解明は一歩も進んでいなかったため、この謎をワトソンを前にして話すため、一堂はブラック社へ向かった。
フィラデルフィアで仕事をしていたエドマンドが戻って来ていたので、一緒に社内に入ったエラリイは、そこでワトソンが殺されていることに気づいた。ワト
ソンは、「ブラックの秘密(Black's secret)……」と書き残して息絶えていた。
ことここに至って、バーベッジはブラック社で起こっていた謎について明らかにした。貴重な古書がいつのまにか信じられないほどよくできた贋作にすり替え
られていた、というのだ。
そして、エラリイは今回の事件が贋作と盗難と殺人とが別個に起こった事件で、それぞれ犯人が異なっていることを指摘し、それぞれの犯人の名前をも指摘で
きると宣言した。キャラハンもまた同様に、犯人の名前を指摘することができるというのだが、彼らが指摘した犯人の名前は一体誰なのか――!?
エラリイのライバルである調査員キャラハン登場、ということでこれまでのクイーンの作品とは傾向がいささか異なっている。何が違うかという
と、NYPDの他の刑事やクイーン警視とは異なり、推理能力的にエラリイにとっての有能なライバルであり、本作でも何度かエラリイの先手を取っている。こ
れまでの作品では、エラリイが直接的に知恵を振り絞らなければならない相手ということで、真犯人がエラリイのライバルであったわけだから、ストレートに推
理合戦をする相手が出てくるというのは実に珍しい。
もちろん、エラリイが負けたままでいるわけはなく、最終的には引き分けという結果になるわけだが、この手のライバルは本当に珍しいので、できれば他の作
品にも登場して欲しいところである。ラジオドラマの他の作品にはキャラハンが登場しているらしいので、それらが翻訳されるのを期待して待つべし、というと
ころだろう。
事件は、実は三つの事件が重複して起こっているということが、聞き手を悩ませただろう。書籍窃盗犯については、ほぼストレートに犯人を指摘するための手
がかりを提示しているので判りやすいと思うが、贋作犯と殺人犯については、これは難しかったように思う。
特にこの手の贋作犯が登場する度に思うのだが、『能力があるから贋作ができる』、というのはイコールで必ず繋がるものなのだろうか？ 能力がなければ贋
作はできんやろというツッコミは当然なのだが、果たしてその能力で本当に贋作を作ることができるのか、という点で極めて疑わしい部分がある。
殊に、偽札とかならばまだともかく、古書の場合はその当時の紙を手に入れなければならないわけだが、そのような紙を使っているということを知っていたと
しても、そのような紙を手に入れることができる、とはならないのではないか、と思うのだ。もちろん、そのような紙を知っているから、そのように紙も偽造す
る、という手もあるわけではあるが、そうなると今度は紙の偽造方法なんてどこで知ったんだよ、とツッコミを入れたくなるわけで、やはりどうにもスムースに
繋がらないのではないか、とこの手の作品を読むと毎度毎度考えたりするのだった。
ダイイングメッセージについては、英語で表現されている作品を翻訳するのは難しいな、と思わせるものであったりする。あまり詳しく書くと、この文章から
だけでも犯人を指摘できるのでこれ以上は書かないが、こういう作品を読むと翻訳の限界とか、あるいはヒアリングとリーディングとの相違について、思いを馳
せてしまうだった。。
盗み聞きだなんて――あなたみたいね、ミスター・クイーン(P.276)
この人の原稿が稀覯本になることはないでしょうけど(P.296)、と言っていたりするが、実際に作家エラリイ・クイーンの原 稿がオークションに出たとしたら、かなりいい値段になるのではないだろうか？
のべつまくなし蘊蓄を傾けて、客をうんざりさせて……(P.300)ということで、エラリイは例によって例のごとく蘊蓄を語り まくったらしい
ニッキーが見つけたのはファイルキャビネットに貯えられた青いカードだった。
それらは、エラリイが犯行現場を調べ始めてから五分で解決した事件を記録したものである。
ニッキーが一枚抜き出したのは、『三人マクリンの事件』だった。
これは、ニューヨークの富豪四百人の一人、かつては女優だったマクリン夫人と、その夫であり判事のマクリン、そして二人の息子でオックスフォードから
帰ってきたときにはイギリス産の車とポロ用の馬と従者とを引き連れて帰ってきたマクリンを、ジェニー・ガイという女性が強請っていたことを原因として起
こった殺人事件だった。
雨の降る夜、駅馬車街道を外れたところにあるあばら家で三人のマクリンを強請って金を取ろうとしたジェニーだったが、強欲が祟ってか最後のマクリンに刺
し殺されてしまった。
現場に残されていたのは右袖が濡れている返り血を浴びたコートのみ。
エラリイはこれを見て、即座に犯人が判ったというのだが？
とあるクイーンの短編と全く同じネタなので、特筆すべきことがなかったりする。