応用犯罪学の講師として大学に招かれたエラリイは、３人の学生を引き連れて実際の殺人現場に赴くことになった。アフリカから帰ってきた旅商人、オリバー・スパーゴを殺した犯人を捜させるという、エラリイならではの教育法であった。犯罪現場から得た証拠を元に犯人を追い詰めようとする３人の学生に対して、エラリイが示した模範解答とは……？
この設定のお話がこの一作しかない、というのが残念に思える快作である。それぞれ学生が自分が見つけた証拠のみに基づいて犯人像を提示するのに対して、エラリイがすべての証拠に基づいた上で論理を働かせて犯人を指摘する、という本格推理小説の教科書のような作品とも言えよう。これは読む方についても、また書く方についても言えるかもしれない。
登場人物もなかなか魅力的で、本作でエラリイに興味を持った女子学生ミス・アイクソープには、今後の作品にも登場してもらってポーラ・パリスやニッキー・ポーターと妍を競って欲しかった（笑）。
エラリーの母校は、あらゆる教育的美徳の典型と考えられていたが、もしこのようなかぐわしい雰囲気を、無骨な男子学生だけの教室にばらまくことが出来たらよかったろうに、どんなにかよかったろうに(P.9)と思い耽っている（笑）
アトラス一座の花形アクロバットスター、マイラが何者かによって、頸にロープを巻かれて楽屋に吊るされていた。その様子を見て、エラリイは不審を抱く。現場付近には人を殺すための道具がいくつも揃っているのに、なぜ犯人は頸にロープを巻いて、マイラを吊り下げなければならなかったのか、と。また、マイラの頸に巻かれたロープは、専門家にさえ理解できない理屈で結ばれていた。
エラリイはアトラス一座のショーを見ている間に、犯人の手がかりに気づくのだが……？
犯人は意外な展開であるが、展開そのものは大した山はない作品である。頸に結ばれたロープを解いてしまえば犯人が分かってしまうので、ロープの結び方の謎は大した問題にはならないのであった。
それに、死因が明らかになれば一発で犯人の見当もついてしまうはずである。絞殺と縊死は大分違うのだから。
ウネケル書店で取り扱っていた《混乱の欧州》という書籍が次々と奪われるという事件が発生した。しかし、犯人の狙いは書籍そのものではないらしい。ウルム商会が所有していた高価な切手《１ペニイの黒切手》を盗んだ者がウネケル書店に逃げ込み、この書籍にその切手を隠したのではないか？とエラリイは見込んで捜査を始めたのだが――
有名な『６つのナポレオン』のパスティーシュか？と見せかけて実はそうではないという、後の編集者として他の作家についても造詣が深いクイーンらしい話である。ただ、これも短編のためか、エラリイの推理にかなりの偏向がかかっているように思える。ある姿をしているからといって、その人が必ず麻薬中毒であるとは限らないであろう。
また、盗難された黒切手の隠し場所についても、いくら意外な展開を見えるためとはいえこんなところに隠さなくてもいいのに、と言わざるを得ない。切手がダメになったら、犯人はどうするつもりだったのだろう？
遺産相続に関して、さまざまな問題を抱えているショウ家で、この家に住み込んでいるアーレン医師が何者かに刺殺されるという事件が起こった。アーレン医師自身も遺産相続者の一人であり、アーレンがいなくなれば、利益を得ることができる容疑者が二人いた。
ところが、アーレン医師は死の間際にレンブランドの複製画の女性に、ひげを描き加えて事切れたのだ！ いったいなんのために？ エラリイは、正式な遺産相続人エディス・ショウ・ロイスを見たとき、その理由が分かったとというのだが……
犯人は意外な展開であるが、展開そのものは大した山はない作品であるその２。エラリイの観察眼は相変わらず鋭いといえば言えるのだが、その観察から得られた結果が必ずしも正しいとは限らないのではなかろうか、もその２。
銀行頭取ジョゼフ・Ｅ・シャーマンが浮気相手のリリー・デヴァインのアパートから誘拐され、しかもリリー自身は死体で発見されたという事件の発生を聞いて、現場に向かったエラリイは思わぬものを目にする。三人分の足跡であり、しかも一様に右足の跡が薄い――びっこなのだ。
エラリイは、誘拐されたジョゼフ・シャーマンの帰還を待って、この事件を解決するのに成功するが……。
犯人は意外な展開であるが、展開そのものは大した山はない作品であるその３。
エラリイの推理によれば、別に犯人はびっこをひいていなくてもよかったのだから、この事件をいささか特殊に見せている三人のびっこの男というのは全く不要であると言っていいだろう。この要素をもっと上手く使えていれば傑作になったと思う。
ニューヨーク州のある田舎町コーシカで起こった事件に、友人の頼みにより手を貸すことになる。アイリス・スコットという女性絡みのことからマックガヴァンという男を射殺したロジャー・ボウエン青年にかけられた嫌疑を晴らすべく、エラリイは調査を開始する。部屋に残っていた弾痕に気づいたエラリイは、なんと墓荒しに出かけることに……！
これは快作。エラリイの観察力と推理力が意外な犯人を見つけ出す、というクイーン的王道（女王道か？）を行く短編で、トリックの切れ味もよい。実際には墓荒しをしなくとも犯人は見当がつくのだが、このシーンを入れることで作品の雰囲気をぐっと盛り上げていると同時に、推理の裏付けをきちんと取るエラリイ、というキャラクター像を明確にしていることも作品の質を向上させているだろう。
シーマン・カーター氏に、アパートで起きたダイヤ盗難事件を秘密裏に解決して欲しい、と依頼されたエラリイ。ところが、依頼を受諾する前にそのアパートで殺人事件が発生した。殺された男が所持していたチークのたばこ入れに興味を抱くエラリイ。ところが、その兄もまた殺されてしまい同じたばこ入れを持っていることに気づいた。
たばこを吸わない男が持っていたたばこ入れに関する謎を、エラリイは解くことができるのか？
犯人は意外な展開であるが、展開そのものは大した山はない作品であるその４。
いろいろな人が、なんでこの犯人がこの殺人を犯すことができたのか、ということについて疑問を抱いているので、特に付け加えることはないのであった。
旅行の途中でホーセイ船長の経営する旅館“双頭の犬”に投宿したエラリイ。そこで、エラリイは宝石泥棒ジョン・ジレットの消失事件と、それ以降に起こった幽霊の現れるキャビンの話を耳にする。そのキャビンに宿泊したバーカーが何者かによって殺害された。
現場を見たエラリイは、幽霊が再度現れることを確信して、そのキャビンで張り込みを開始する。と、そこに現れたのは……!?
犯人は意外な展開で、展開そのものもそこそこ面白かった作品である。幽霊の正体そのものは理に落ちすぎているという気はするが、宝石盗難事件と殺人事件との解決が一挙に行われる様子を描いている点は、すかっと爽快。
骨董商マーチン・オール氏が、何者かによって鈍器で殺害された。だが、オールは死の寸前に信じられないほどの力を振り絞って、ダイイングメッセージを残したのだ。それはガラスの丸天井付きの時計と紫水晶であった。
このダイイングメッセージを見たエラリイは、犯人が誰であるか明らかであると言うのだが……？
エラリイがダイイングメッセージの謎を解き明かすだけの話、と言ってしまえばそれまでだが、ひねりが二つほど効いている短編ならではの小気味のよい作品である。
ジューナの頼みでアイリッシュ・テリヤを買いに出かけたエラリイは、ミス・カーレイのペットショップで奇妙な話を耳にする。近所の老婆ユーフェミアが毎週黒猫を注文するというのだ、その老婆は猫嫌いにも関わらず。
興味を抱いたエラリイはユーフェミアのアパートに出かけてみるが、そこで目にしたのは身動きできないはずのユーフェミアが寝ていたはずのベッドがもぬけの殻だったのと、浴槽の黒猫の死体であった。
この怪事件をエラリイは鮮やかに解決することができるのか？
着想はスマートだが、解決が今一よくわからない作品。犯人がどうしてユーフェミアが大金を所持していたのかを知っている理由がわからないし、また単にお金を奪うだけならば、犯人の立場としては面倒なことをしなくてもよいと思うのだが。
また、いかに似ている猫とはいえ、七匹も猫が変われば飼主は気づきそうなものである。ところが飼主はそれに気づかなかった、なぜか……？という話にはなっていないので、七匹の黒猫の謎という魅惑的な発端が活かされなかった、という点で惜しい作品だと思う。
年寄りで、病身の婦人が、猫にのぼせる――おお、話はちゃんと合っていますよ(P.335)と語るエラリイ。そういう叔母がいたらしい
あなたの美しいお顔でも拝見して、元気を取り戻すといたしましょうか(P.353)とは、あまりにえこひいきが過ぎないか（笑）