明智小五郎の引き立て役として、つとに軽んじてみられることの多い波越警部だが、彼は本当に無能だろうか？

当初、番組を見始めた頃は、私も彼をあまり役に立たないコメディメーカーとばかり思っていたのだが、ＤＶＤで見返してみると、決して単なる無能な刑事とは思えないのである。

登場当初から、明智小五郎の智恵を頼りにしていることを広言しているところから、推理能力は明智小五郎の足元にも及ばないのは確かである。しかし、自分で“鼻が利く”と言っている通り、捜査上の勘についてはかなり見るべきところが多い。

例えば、「死刑台の美女」では、殺人現場に三重渦状紋という極めて珍しい指紋が現場に残されていたことと、川手家の遺産相続の争いを即座に組み合わせ、容疑者の元へ赴いている。このとき、明智小五郎もまた時を同じくして容疑者の元へ現れていることから、波越警部の勘は明智小五郎の推理に負けていないということになる。
また、「天使と悪魔の美女」では、事件開始当初、明智小五郎と同じ人物を波越警部も犯人として考えていたことがある。

また、「妖精の美女」では、特に疑うべき根拠があったわけでもないのに、とある人物を即座に黄金仮面と関わりのある人物ではないか、と疑い出す。これは、結果としては、明智小五郎の変装だったので間違いではあったのだが、それにしても、その変装は間近にいた黄金仮面ですら気がつかなかったのだから、波越警部の勘はけっこう鋭いのだ。

もっとも、『白い乳房の美女』で、明智小五郎の変装を見抜くことができずに「長い付き合いじゃないですか」と揶揄されたこともあるが、この時は明智小五郎の変装対象を思い込みで決め付けていたためだろう。実際、常の明智小五郎ならば、このような人物に化けていたわけだし。
 

加えて、「白い人魚の美女」では、“犬も歩けば棒に当たる”的に発見した空井戸を臭いと睨んで、“緑衣の鬼”逮捕一歩前まで追い詰めたこともあった。

もちろん、捜査上のテクニックも捨てたものではなく、やはり「死刑台の美女」では、容疑者が三重渦状紋を有しているかどうかを確かめるために奸策を用いるし、「白い人魚の美女」では、不可解犯罪を解くために改めて疑問点を表にして確認するなど、するべきところはちゃんとやっているのである。

さらに、明智小五郎と深い親交を結んでいる（「炎の中の美女」で、月に一回食事会を行っていることが示されている）ということが、間接的ではあるが、波越警部無能説を否定する材料になるだろう。波越警部がたびたび口にする「ぼくは明智小五郎と親友なんだよ」とか「明智君とは兄弟以上の深い間柄なんだよ」というのを明智小五郎自身も否定しないところから、波越警部と明智小五郎との間に信頼関係があることは間違いない。「浴室の美女」では、明智小五郎は波越警部だけに相談して、行方不明を装ったこともある位である。また、「白い人魚の美女」では、明智小五郎が証拠品捜査のために波越警部の手を借りているなど、信頼関係は深そうだ。
無論、喫煙愛好家同士という側面も見逃せない。

そして、本シリーズの明智小五郎は、行方不明になると新聞で「明智探偵、行方不明！」と大見出しが出るほどの有名人なのだから、波越警部レベルではなく、警察でももっと上の階級の人たちと親交があってもおかしくはない。であるにも関わらず、波越警部からの依頼とあれば、休暇中でない限り、明智小五郎は現場に姿を見せるのである。そして、明智の推理の過程上、波越警部らの捜査陣が入手した証拠を使用することもままある。とすれば、波越警部の捜査能力を、明智小五郎はかなり買っていると考えてもよさそうである。
 

それでも犯人には負けてしまうのだが、なにしろ《美女シリーズ》の犯人は、明智小五郎とタメをはるほどの犯罪者なのだから、どうしても普通の刑事である波越警部では敵わない……という不幸な事情があるのであった。