『炎の中の美女 江戸川乱歩の「三角館の恐怖」狂わされて…

初放映日:1984/11/10
放映枠:120分


CAST


明智小五郎
天知 茂
文代
高見知佳
小林少年
小野田真之
波越警部
荒井 注

早乙女 愛
ジョニー大倉
朝比奈順子
萩原流行

近藤 準
北町嘉朗
高田晋平
堀 之紀
藤代佳子
聖 ミカ
二宮弘子

久保菜穂子

市川夏江
堀井正人
影沢銀子
川口千晴
三瓶節雄
渡瀬桐子
久野由紀子

織本順吉
鈴木瑞穂

 

STUFF

プロデューサー
稲垣健司(テレビ朝日)
佐々木孟
原作
江戸川乱歩
脚本
江連 卓
音楽
鏑木 創
撮影
坂本典隆
美術
重田重盛
照明
馬場 修
録音
岡田 聖
編集
白江隆夫
効果
脇坂孝之
装置
石渡敬之助
記録
宮下こずゑ
美粧
相馬優子
スチール
樋口 通
振付
若旅和子
選曲
関谷幸雄
小道具
大晃商会
調音
映広音響
衣裳
松竹衣裳
現像
東洋現像所
助監督
佐藤陸夫
進行
高階 光
制作主任
菅原日出男
プロデューサー補
関根 康
制作担当
駒崎勝義
衣裳協力
(株)マルメ商会
(株)ハナムラ
洋服のコナカ
FLANDRE
クチュールBe−Be
協力
ポイント横浜港南台店
よみうりランド
監督
村川 透
製作
テレビ朝日
松竹株式会社

映像特典
90秒予告/15秒予告


STORY:

 浮気調査を依頼しに来た婦人の言葉を聞き流していた明智は、新聞のある記事に目を向けていた。それは一代の相場師、“兜町の風雲児”とも呼ばれ、総資産200億円を有する鳩野玄太郎(65)が心臓発作で倒れたというものだった。ぶりぶり怒りながら帰っていった婦人の後に、島村幸子と名乗る妙齢の美女が明智探偵事務所を訪れた。先ほどの婦人相手とは打って変わって積極的に接客をする明智に対して、島村は『鳩野桂子』という人物についての調査依頼を切り出した。しかし、なぜその依頼をするのか、その理由は話せない、と島村は言った。浮気の調査や人物調査などうちの先生はしないんです……と言い募ろうとした文代や小林を制して、明智はこの仕事を引き受けることにした。

 その夜、築地の料亭『加賀野』で、明智と波越警部は月に一度の食事会を行っていた。その『加賀野』に男と連れだってやって来た島村と、彼女をつけていた謎の女がやってきた。お酒も進み、二人の食事会が盛り上がっていたその時、非常ベルの音が鳴り響いた。火事が起こったのだ。助けを求める悲鳴に応えて、明智は炎の中に飛び込み、島村を救い出した。火事場からなんとか逃げ出すことができた島村は、思わず明智に縋り付いてしまう。その様子を見て、明智はなぜか彼女のことを窮鳥のように感じてしまう。
 島村を宥めていた明智の元に波越警部がやって来て、火事場の後に死体が残っていたと告げた。事故死ではなく、ナイフで心臓を一突きにされた他殺死体だという。鑑識に拠れば、犯人は殺人の後死体にガソリンをかけて火を放ったらしい。死体が発見されたのは松の間であり、この日は常連であるジャズダンサー石渡三郎という男が予約していたことから、死体の身元について調査が始められた。そして、この時は女と一緒だったらしい、とも。明智と波越警部が話し合っている間に、島村は車でその場から逃げ出してしまう。
 島村幸子と名乗る女の住所はでたらめであることが小林の調査で判明した。しかし、前金で30万円も置いていっているからには、単なるイタズラとも思えない。調査から戻ってきた文代は、鳩野桂子は鳩野玄太郎の実子ではなく養女だったと報告するが、そのことは雑誌に載っていたことで明智も既に知っていた。桂子が養女であるならば、実の両親は誰なのかを調べて欲しかったのではないか、と明智は考えていた。そこに鳩野信夫と名乗る男から電話がかかってきた。それは鳩野玄太郎が明智と逢いたい、ということを知らせるためのものだった。

 鳩野玄太郎の邸宅は、珍しい三角形の避雷針があることから、“三角館”と呼ばれていた。三角館を訪れた明智は、そこで島村幸子と再会した。彼女が鳩野桂子だった。彼女と結婚して、運転手だった信夫は鳩野性を名乗ることになったのだ。また、明智は鳩野の係累を紹介してもらった。鳩野玄太郎には、実の妹の鳥居和子がおり、和子には娘の靖子と息子の達夫がいた。達夫は、桂子が信夫と結婚しているにも関わらず、ほぼ公然と彼女に言い寄るような仲だった。
 鳩野玄太郎は、娘の桂子のことで明智に頼み事をしようとしていた。18年前、寝食を忘れて相場を張っていた玄太郎は、火災で妻と娘を失ってしまい、その罪滅ぼしの意味を込めて桂子を施設から引き取り養女として育ててきたのだという。実の娘以上に慈しんできたためか、桂子は我が儘な女となってしまい、玄太郎は心を痛めていた。そこで、生活に困らないだけの資産を妹家族に渡したそれ以外の全財産を恵子に譲るに当たって、その遺言の執行について明智に後見人になって欲しい、というのが玄太郎の依頼だった。
 玄太郎の部屋を退いた明智は、桂子と鳥居家との諍いを垣間見てしまう。鳥居和子は鳩野玄太郎の全財産が桂子に贈られるのを快く思っていなかったのだ。
 庭に出た明智は、桂子を見つけると、なぜ自分の身元を調べたいのかその訳を聞かせて欲しい、と切り出した。それに応えて桂子が示したのは「お前は犯罪者の娘だ」、「おまえの父は人殺しだ」という、玄太郎の元に送られて来たのと同じ内容の脅迫状だった。10日ほど前にこの手紙が送られて来たために、桂子は明智に調査を依頼しようとしたのだ。と、そこへ波越警部が現れた。波越警部は昨夜のことで桂子を調べに来たのだ。石渡との関係が明らかになったことから、桂子は容疑者として尋問されてしまう。少なからぬ金額を貢いだにも関わらず、石渡から別れ話を切り出されたことにかっとなって殺したに違いない、と波越警部に訊かれた桂子だったが、ヒステリックに否定するだけだった。波越警部は、今回の事件は無理心中と断定したが、明智はそれを否定した。波越警部の許可を得て、明智は桂子に事情を聞くことにした。身の潔白を証明するため、何もかも話さなければならないという明智の言葉に、桂子は答えなかった。だが、依頼については継続して欲しいということを、桂子は明智に示した。明智は煙草を取り出すとライターで火を点けた。その火を桂子に見せながら、あの時何が起こったかを明智は桂子から聞き出した。あの時、古い襤褸のようなオーバーを着込みマフラーで顔を隠した大きな男が、ガソリンの入った壜を投げつけ火を起こしたのだ、と。さらに、その男を見ていたのは自分だけではなく、ファッションモデルをしているマヤという女も見ていたはずだ、と桂子は言った。マヤは石渡をつけていたのだ。
 そのマヤは、桂子に脅迫電話をかけてきた。あの夜、桂子が非常に困るものを目にしていた、というのだ。マヤに呼び出された桂子は奥多摩の渓谷へ向かった。そこでは達夫がマヤをモデルにして写真を撮っていた。と、そこへあの大男が現れ、手にしていた石で達夫とマヤを殴り倒してしまった。達雄は助かったが、マヤは事切れていた。
 桂子は再び警察に呼ばれ取り調べを受けることになり、襤褸を着た男がマヤを殺したと主張したが、波越警部たちは信じようとしなかった。だが、やはり事情聴取を受けた達雄が、桂子を現場へ呼んだのは自分だと主張したことにより、どうにか逮捕を免れることができた。桂子は、あの時あそこへ行ったのはマヤに脅迫されたためだ、と達夫に語った。そして、達夫はマヤの代わりにモデルにならないか、と桂子に持ちかけ、彼女を押し倒すのだった。達夫のカメラのフラッシュが焚かれる中、桂子はふと幼い頃のことを思い出していた。雨の中、襤褸を着た男に連れられて歩く自分の姿を――。
 屋敷に戻ってきた桂子は、自分の部屋のベッドの上に封筒が置かれているのを目にした。その封筒の中には、前科10犯の殺人犯荒熊こと荒井熊次郎が深川の旅館で逮捕されたことを記した10年前の新聞の切り抜きが収められていた。桂子は、思わず明智探偵事務所に向かってしまう。明智にその記事を見せた桂子は、その男が自分の本当の父なのではないか、と言った。明智は、このことについて波越警部に協力してもらって調べることを桂子に言った。そして、「どんなことがあっても、心をしっかり持つことだ。そうすれば、どんな辛いことにも耐えられるはずだ」と桂子を励ました。明智は、捨てられた少女のような雰囲気を持った桂子に、父親のような心情を抱きつつあったのだ。
 桂子の誕生祝いに、鳩野邸でパーティが開かれることになった。明智もまたそこに招かれていた。玄太郎は、明智を自分の趣味の部屋に招いた。玄太郎唯一の趣味は釣りなのだ。玄太郎は釣具のコレクションを明智に見せると、そのうちの一つを明智に譲ると言い出した。明智はその話を聞きながら、ふと三角館の由来になっている避雷針のことを玄太郎に訊いた。玄太郎は、実は落雷による火災で家族を失ったのだった。
 一方、誕生会は盛り上がる中、バースディケーキが運ばれて来た。キャンドルの火を吹き消そうとした桂子だったが、時ならぬ突風により火が消えてしまう。人々が目にしたのは、襤褸を着た大男だった。男は桂子に対して「洋子、洋子」と言いながら近付いた。桂子は、男の顔を隠していたマフラーを剥ぎ取った。そこから現れたのは、あの荒熊の顔だった。桂子は思わず気を失ってしまう。男は、文代の110番の声を聞くと慌てて逃げ出していった。波越警部に拠れば、荒熊は10日前に出所しているという。その場に残された指紋と、荒熊の指紋が一致したことから、事件の真犯人は荒熊に間違いない、と波越警部は確信した。それから、波越警部は、明智に対して荒熊の資料を見せた。それに拠れば、凶悪犯でありながら、獄中では行方不明になった娘の洋子のことをしきりに気にかけていたという。さらに、荒熊はかつては裕福な材木商だったのだが、18年前二人組の強盗に家族を襲われ、火を点けられたことにより妻を失い、娘が行方不明になってしまったことが明らかになった。桂子が洋子だったのか、という刑事に対して、明智はそれはまだわからない、と言った。出所した荒熊に対して、誰かが桂子が洋子であると吹き込んだのかもしれない、と。
 鳩野家では、凶悪犯の娘である洋子に財産を残すつもりか、と和子が玄太郎を責めていた。桂子が本当に凶悪犯の娘だったならば、遺産相続の件は考え直す、と言う玄太郎は、遺言状の書き直しを弁護士の横沢に依頼した。だが、玄太郎は、血は繋がっていないながらも自分と桂子が本当の父娘であることを確かめると、先ほどの弁護士に頼んだ件は取り消すよう信夫に指示した。血相を変えて詰め寄る和子たちだったが、玄太郎は意にも介さなかった。だが、横沢が急用で大阪に発ったことを知ると、玄太郎はなるべく急いで連絡を取るように伝え、そして明智を呼び出した。信夫が玄太郎の用で屋敷を出て行ったあと、お互いを求めあう桂子と達夫。
 明智に対する玄太郎の依頼は、荒熊が本当に桂子の父親であるかどうかを見極めることだった。そのため、玄太郎は自分の日記を明智に差し出した。日記には、玄太郎が桂子を養女にしたときの経緯が記されていた。当初、桂子は何かのショックで口が聞けず、桂子が「おとうさん」と発声したのは、玄太郎が引き取ってから6か月目のことだったという。桂子がいた聖マリア太陽の子学園の教師の話では、暴風の次の朝、桂子が校庭に立っていたという。そして10日ほど経った昭和41年10月20日に、親らしい人物から連絡があったという。その日は、荒熊が最初の犯罪について自首した日でもあった。また、8年ほど後の昭和49年2月7日にも連絡があったが、その3日後に荒熊は刑務所で知り合った仲間と強盗事件を起こしていた。そして、半年ほど前にも、彼女のことを探偵が調べに来たという。それは、玄太郎が心臓発作で倒れた頃でもあった。

 雷の鳴る夜、弁護士の横沢が東京に戻ってきたことを知った信夫は、先日の玄太郎の指示に従って遺言書の書き直しを頼みに行こうとしたが、和子に止められる。遺産を相続したら、桂子はお前なんか捨ててしまうだろう、と。だが、信夫は、玄太郎を裏切ることはできない、と豪雨の中を出かけていった。
 悪夢にうなされた桂子は目を覚ますと、達夫を求めて屋敷内を探し回り、果ては屋敷の外へ足を向けた。そこで彼女が目にしたのは、避雷針をへし折ろうとしていた襤褸の男の姿だった。思わず気を失ってしまう桂子。襤褸の男は、避雷針を屋根から叩き落とした。
 玄太郎も雷雨が気になり、落ち着くことができずに自分の趣味の部屋へ入っていった。部屋に落ちていた釣竿を不信に思う玄太郎。そこに、秘かに後をつけてきた和子と靖子が玄太郎を殺そうとした。どうにかして二人を振り払った玄太郎は、思わず落ちていた釣竿で二人を打擲しようとした。だが、その釣竿には電線が繋がれていた。釣竿を介して流れ込んだ電流のため、玄太郎は死んでしまう。
 事件を知って現場検証を行っていた警察は、避雷針の根元が切られていることを確認した。明智は、玄太郎の死亡現場を調べている間に、今回の事件が落雷による事故ではなく、計画的な殺人である証拠を見つけ出した。カーボンロッドが良電導体であることを利用したに違いない、と推理した。その推理を聞いて、事件の犯人は娘を玄太郎に取られたと逆恨みした荒熊の仕業に違いない、という波越警部。しかし、荒熊はそんな手の込んだことはしないだろうという明智であったが、後一点わからないことがあったため、その推理が足踏み状態だった。だが、明智は、荒熊がもう一人いたに違いない、ということに思い至った。荒熊に成り済ました誰か、が。そして、荒熊の行方を全力を挙げて追うことを波越警部に頼んだ。
 和子たちは、労せずして鳩野家の財産を占有できそうな今の状況をほくそ笑んでいた。玄太郎が死んだため、遺言状は書き直されていないので、桂子が凶悪犯の娘であれば相続人から外されることになる。達夫は桂子と理無い仲になっていたので、いずれにしても財産を手に入れることになる、と。その桂子は、最愛の父を失った哀しみを信夫にぶつけ、達夫に縋ろうとした。だが、達夫は、すでに桂子に見切りをつけていた。
 荒熊を捜索していた警察だったが、一向に彼を見つけ出すことができず、波越警部は苛立ちを隠せないでいた。一方、明智はある人物の調査を文代に命じた。
 モデルに抱きついている現場を見てしまった桂子は、思わずナイフを手にして達夫を刺そうとした。だが、間一髪桂子に追いついた明智は、「もっと自分の人生を大切にしろ!」と桂子を一喝した。
 事務所に戻った明智は、文代の報告を見て破顔した。また、小林は荒熊の妹、春子を見つけ出すのに成功した。すぐさま事情を聞きに行った明智は、春子が荒熊を匿っていたのを知った。10日前、三角館に初めて姿を現したその夜、車に轢かれた瀕死の状態で春子の元へ荒熊はやってきたのだった。洋子を見つけ出すための手がかりを荒熊に聞きに来た明智は、右耳の裏に小豆大の黒子があることを春子から聞いた。
 入院している荒熊の元へ、波越警部と明智に伴われ和子が同道した桂子が訪れた。荒熊の娘、洋子であるかどうかを確かめるためだった。ベッドの側へ寄った桂子の顔を見つめ、手を伸ばし、右耳の後に黒子があることを確かめた荒熊だったが、彼は桂子が自分の娘ではない、と言い切るのだった。そんな荒熊を見ていた明智は、桂子に一度でいいからこの男のことを「おとうさん」と呼んであげてくれ、と頼んだ。涙を流しながら言った桂子の「おとうさん」の声を聞きながら、荒熊は息を引き取った。
 真犯人と目していた荒熊が死んでしまったことで、病室から出た波越警部は、これで事件が全くわからなくなった、と愚痴をこぼした。そんな波越警部に対して、明智は真犯人も、犯行の動機もわかっている、と言った。ただ、物証がない、と。

 病んだ心、と明智が評した真犯人はいったい何者なのか!?
 三角館を巡る謎を、明智はいったいどうやって解き明かしたのか!?
 明智が真相を突き止めるに至った、真犯人が侵した致命的な過ちとは!?

感想:

 初見の時はそれほど気にも留めない作品だったのだが、今回の評を書くに当たって再見してみてこれは思っていたよりも傑作だったことに改めて気付かされた。確かに、《美女》シリーズならではの妖しげな展開はそれほど見られないし、エロスの点でも特筆すべきことはないのだが、それよりもなによりも推理ドラマとしての出来が素晴らしいのである。
 明智小五郎にある人物の身上調査を依頼してきた美女が、実は自分の素性を知るためであったという掴みから始まり、鳩野家の遺産相続に纏わる因縁の人間関係、そして鳩野桂子に迫る謎の襤褸男と恵子自身の秘密とが相俟って絡み合いながら、最後の明智の謎解きシーンに流れ込んで来るという展開は、実に魅惑的である。作中に出てくる謎の全てが合理的に解決されながらも、犯人は意外な人物だったというこの流れは、本当に推理ドラマ愛好家のツボを突きまくる。

 まず、炎の中から明智が救い出した美女が、先ほど鳩野桂子の身上調査を依頼してきた人物であり、実は彼女は鳩野桂子自身だった、というところから魅惑的な謎が始まっている。なぜ、自分の身の上を調べることを依頼してきたのか? それは彼女が自分が凶悪犯の娘だ、と脅迫されていたためであり、しかもこのことが鳩野家の遺産相続問題に絡んで来ることになるという、この流れるような展開が視聴者の心をつかんで離さないだろう。もちろん、遺産相続問題が持ち上がってくるくらいだから、鳩野家の人間関係は単純なものではなく、腹に一物持っていることがもろわかりな鳩野玄太郎の妹やその家族の存在が暗雲を投げかけて来ているし、善良な夫の信夫は啓子を心から愛しているけれども彼女の救いにはなっていないという不安定な中に、名探偵・明智小五郎が足を踏み入れるのだから、面白くないわけがない。
 火災の中見つかった殺人死体が桂子の関係者であり、さらに桂子を脅迫した女が、火災を起こした襤褸の大男に撲殺されてしまうというショッキングな展開、さらに誕生会のパーティに忽然と現れた襤褸の大男が、実は実父ではないかという疑惑に翻弄される桂子、という本作はサスペンスドラマの王道を行くような物語である。
 また、犯人の隠し方が絶妙に上手い。最初に大きなレッドへリングをぶら下げられているので、それだけでも犯人はしっかりと隠されているというのに、途中にさらにミスディレクションを誘うような展開が差し込まれているのだから、初見で推理に基づいて犯人を当てるのはかなり難しいのではないだろうか。明智小五郎の謎解きシーンまで犯人が分からなかった、という人がいても不思議ではないである。
 であるからには、このような錯綜する人間関係の中から明智小五郎が犯人を当てるという名探偵ぶりもまた、冴え渡っているのである。やはり一番すごいのは、荒熊の指紋についての明智小五郎の推理だろう。これは、明智自身が明かすまでわからなかった人が多いはずだ。そして、ミスディレクションによって方向が誤らない明智の推理方針というのも目を惹くものがある。この辺は波越警部がババを引いてしまっているが、多くの視聴者もまた波越警部と同様の誤りを犯していたのではないだろうか。また、桂子が炎を恐れているというのを一目で見抜いて、ライターの火をかざしながら火災現場の様子を聞き出していくという明智の尋問シーンも、また名探偵に相応しい描写だろう。そして、真犯人から自白を引き出すための変装とその変装剥がしは、《美女》シリーズならではのクライマックスシーンであり、明智小五郎演じる天知茂の真骨頂であろう。本作では、明智の変装が無意味なものになっていないことも好感が持てる一因であったりする。
 このような感じで、明智が大活躍な訳だから、もちろん明智探偵事務所の面々もきっちりと仕事をこなしている。文代は最初にちょっと蹴躓いた部分があるが、明智の指示に従ってある人物の調査をきっちりと仕上げているし、小林もまた荒熊の妹・春子を見つけ出すという大金星を上げている。反面、波越警部のヘッポコぶりが明白になっている感はあったりするのだが、これは仕方のないことだろう。それでも、部下を叱咤しつつ捜査に従事する波越警部は、やっぱり好感の持てる人物だよなぁ、と思えるのだから荒井注はやっぱり名優である。

 しかし、本作の価値は推理ドラマの部分のみにあるのではない。やはり桂子に対する3人の父親の情愛を描いた部分があるからこそ、本作は傑作に仕上がっているのであろう。
 もちろん、最初は育ての父玄太郎と桂子との絡みである。仕事に追われていたために妻と娘を火災で失ってしまい、養女として引き取った桂子に対して、償いの意味を込めるかのように、あふれんばかりの愛情を注いでいたという玄太郎という人物の造型が素晴らしい。一度は、桂子を遺産相続人の地位から外してしまうが、かつての桂子との想いでのことを思い返して、桂子と抱き合う玄太郎。娘を持つ父親としてはなんとも言えず身につまされれるものがあったりする。
 また、実父である荒熊こと荒井熊次郎と桂子との関係も、無論見逃すべきではない。作中での絡みは少ないながらも、最後の最後、桂子が自分の娘であることを知りながらも、それを否定する荒熊。これもまた父親としての愛の形なのだ。
 そして、我が儘に育ってしまった桂子を諌める厳父としての明智小五郎の存在もまた、本作において重要なパートを占めている。達夫に騙されて自棄になってナイフを振り回す桂子に対する明智の台詞は、厳しいながらも愛情にあふれている。また、実の父と名乗ることが出来ない荒熊の心中を慮って、桂子に「おとうさん」と呼びかけることを促す明智の台詞は、本作屈指の名台詞であろう。
 このように、推理・サスペンスの縦軸と、人間模様の横軸が、見事に織り成されている本作は、シリーズの中にあって隠れた名作である、と断言することが出来そうだ。
 

 それ以外にも、本作には忘れ得ぬシーンがあって、これがあるからこそ出来不出来に関わらず、この作品はファンの胸に残るものがあったりする。料亭『加賀野』での、明智小五郎と波越警部との食事会のシーンである。
 引退しても、月一回のこの食事会は続けていきたいね、という波越警部に対して、まるで今にも引退するみたいなことを、と返す明智。
 それに対して、波越警部は答える。

「そう簡単に引退はできないよ。あと、100年や200年はやるからね」

 このシーンに映っている俳優は、お二人とももうこの世にはおられない……そう思うと、なんともやるせない気分にさせられるのである。
 と同時に、この作品をDVDで今見ることのできる幸せ、というのもまた感じることができたりもするのだ。
 

見どころ:

  • 明智探偵事務所の方針

  •  台所事情が苦しくても、明智先生が興味を惹く事件以外は引き受けない
     
  • 鳩野玄太郎倒れる

  •  倒れたのは、(月不明)12日午後。
     新聞には、東証のダウ指数は昨日に比べて大幅にダウン(1万円割れ)したことが記載され、業界通の評論家は「良きにつけ悪しきにつけ、証券市場における鳩野さんの影響力は大きかった」という趣旨の談話を発表している
     
  • 鳩野玄太郎居所

  •  東京都世田谷区北沢1−58−9
     “三角館”と呼ばれているのは、作品説明の中で述べているように、特殊な形の避雷針をつけているところから。これは、言うまでもなく原作の設定とは異なっている
     
  • 波越警部の大好物

  •  煮付けにした鯛の目玉。子供の頃から食べているが、波越警部はこれより美味いものをしらないらしい。そして食べると精力絶倫、疲れ知らずになるのだという

    真剣な眼差し?で鯛の目玉を見つめる波越警部鯛の目玉を摘み上げてご満悦な波越警部鯛の目玉を食べて目玉落ちそうな波越警部

  • 投経1984年10月号

  •  鳩野玄太郎についての特集がなされていた雑誌
     
  • 荒熊の犯歴

  •  強盗、殺人、恐喝、万引き、食い逃げ等。
     荒熊が最後に犯した犯罪の被害者は、東京都杉並区高円寺北6−10に住む会社員本村真一郎(42)で、金銭目的の強盗であった
     
  • 文代チェーック!

  •  こんなところにまで、文代の節煙の魔の手は迫っていた!!

    先生の引出しの中にある煙草にまでこの始末

  • 明智先生のライター

  •  ガスライターにオイルライター、と何種類か持っているらしい。TPOを心得て使用しているようだ

    ガスライター。先生が使用しているのは普通こちらオイルライター。今回の変装剥がし劇が屋外で行われたことから、風に強いタイプを持ってきた模様どうやらジッポのオイルライターらしい。先生的にはジッポよりもイムコの方がイメージに合うような気がする

     また、こちらで紹介しているように、特殊なライターも持っている
     

  • 島村幸子、こと鳩野桂子の車

  •  マツダ・ファミリア(色は赤)、ナンバーは「品川59 み 53−05」
     
  • 鳥居達夫の車

  •  マツダ・RX−7(色はシルバー)、ナンバーは「品川59 に 93−06」 
     
  • 明智先生のお車

  •  マツダ・カペラコスモ4ドア・色は白)、ナンバーは「練馬55 ね 54−33」(明智くん様ご指摘)
     事務所が今までの新宿の高層ビルから閑静な住宅街のマンションの一室になっているので、明智先生本当に都落ちしたらしい
     
     

    下のロゴにマウスポインタを乗せると、画像代替の文字列として、今回の明智先生の変装がネタばれされます。
    今回の明智先生は、荒熊に化けております
     
     
     

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