エラリイは、このダイイングメッセージが犯人を示しているものだと考えた。ダイヤモンドは結婚記念30周年を意味しているものであり、従って、“３０”に関連している人物こそバウエンフェルに毒を飲ませた人物であるに違いない。だが、来賓の三人はそれぞれ３０に関連する事項を有していたのだ。
果たして、誰がバウエンフェルに毒を飲ませたのか!?
「神に誓う。ぼくはもう二度とライツヴィルに足を踏み入れない」(P.79)と口にしているし、実際長期間ライツヴィルを訪れなくなっていたために、ライト家やフォックス家の人々とも疎遠になってしまったことが『ダブル・ダブル』で示されている。
ある種の男は結婚するために生まれてくるのさ(P.71)
クイーン警視は、容疑者の３人を集めると、殺人には動機、手段、機会という三つの要素がある、と口にした。このうち動機は遺産相続人であるミリーにあり、手段については凶器となったペーパーナイフと関係があるプレストンが有していて、ジェームズはその当時ホテルの周辺にいたという機会があった。そして、亡くなったホールは犯人を「ホール」と指定したのだ。
三人のホールのうち、誰がハーバード・ホールを殺害したのだろうか!?
クイーン警視は、凶器として使用された拳銃からは手がかりが得られなかったと言いながら、エラリイを死体の側に案内した。トナカイの側で死んでいたスタージェスは、しかし自らの血をもって犯人の手がかりを残していた……木製のプレートに記されたトナカイ八頭の名前全てに自分の血を擦り付けていたのだ。
エラリイは、その意味を解決することができるのか？ そして真犯人はいったい誰なのか!?
パズルを聞かされたエラリイは、出題者に対してこう答えた。「あり得る答えは一つではなく、三つもある」と。
では、その３とおりの回答とは？
金に困っていた坑夫ピート老は、乾坤一擲の賭けに出た。出資者を募り、ウラニウム鉱山の開発に乗り出したのだ。一人当たり１００ドル、合計５万ドルもの金を集めたピート老は、出資者に対してある約束をしていた。ウラニウムが発見されなかったとしても、５年後に全額を払い戻す、というものだった。
ピート老は懸命に探索を続けたものの、全財産を使い果たしても結局ウラニウムを発見することはできなかった。だが、出資者に対する約束は果たすことができたのだ。
ピート老は、どうやって出資者から集めた５万ドルもの大金を払い戻したのか？
４月５日、モーナはカーティス法律事務所へ向かうと、最新の遺言書を作成した。だが、その遺言書における相続人の名前は隠されたまま、手続きが行われた。遺言書の一通は事務所の金庫へ、もう一通は自分のハンドバッグへ収めた。その２日後、バックはモーナの金庫から遺言書を盗むと、チェリーの元へ向かい、その遺言書を保管しておくことを命じた。
４月２４日の朝、モーナの遺体が彼女の寝室で発見された。右のこめかみを銃で撃たれていたのだ。その前日、モーナは使用人に暇を与えていたため、犯行に気づいた者は誰もいなかった。バックはラーゴ博士へ電話を入れた。ラーゴ博士は、警察へ電話を入れるよう告げ、これからエルシノア城へ向かう、と答えた。
ちょうどその頃、仕事でハリウッドに滞在していたエラリイは、ロサンゼルス警察殺人課のペルツ警部補と旧交を温めようとしていたが、事件の通報があり、彼と一緒にエルシノア城へ向かうことになった。右のこめかみに銃痕があり、右手の下に拳銃が落ちていたことから自殺の可能性もあると考えられたが、ラーゴ博士はそれを否定した。６年前、確かにモーナが自殺を図ったことがあったが、それは狂言のようなものであり、結局のところ彼女には自殺願望はなかった、とラーゴ博士は説明した。使用人から聞き込みを行った結果、数週間前の喧嘩の話を聞き出したことにより、ペルツ警部補はバックを尋問した。拳銃はバックのものであり、一番に彼は疑われる立場にあった。しかも、モーナは左の手に鹿撃ち用のＢＢ弾を握りしめていたのだ。このダイイングメッセージにより、バックの容疑は一層濃くなった。だが、モーナとバックは結婚しておらず、遺産相続人に指定されているかいないかも自分ではわからない、としてバックは自分の無実を訴えた。エラリイは早急にモーナの遺言書を調べることをペルツ警部補に提案した。
だが、カーティス法律事務所で保管されているはずの遺言書は何者かに使嗾された秘書の手によって盗まれていた。モーナの部屋の金庫に保管されているはずの遺言書も失われていた。
ペルツ警部補はバックを告発した。殺人に使用された銃はバックのものであり、モーナが手にしていたＢＢ弾はバック・バーンショウを示すダイイングメッセージであり、少なくとも一度はモーナを殺そうとしたことがある、ということからバックは逮捕されてしまう。だが、留置場に入れられたバックは、面会に来たチェリーが遺言書をしっかり保管していることを聞くと上機嫌になった。
裁判は９月１８日に始まった。名前を売るためにバックの弁護士を務めているアーノルド・コリシャーは、裁判が進行していくにつれバックが無罪となる見込みが薄くなっていくのに対して、ある奇手に打って出た。ホテルに滞在して裁判の様子を見守っていたエラリイの元を訪れたコリシャーは、エラリイに事件の再調査を依頼したのだ。しかも、この依頼の張本人はバックであるという。
事件現場を再調査したエラリイは、モーナの愛読していたシェイクスピア全集の中に、遺書が挟まれているのを発見した。コリシャーはそれを足がかりに、ラーゴ博士にモーナが自殺をした可能性があることを認めさせ、しかもＢＢ弾を握って死ぬことによりモーナがこの自殺をバックの仕業に見せかけようとした、と弁護の論陣を張った。
陪審員は、バックを無罪とした。
バックは、カーティス法律事務所に、事件の関係者が集まることを要求した。カーティス弁護士、ラーゴ博士、エラリイ、ペルツ警部補を前にして、バックは一事不再理の存在を確認した。一度裁かれた事件について再度裁かれることはない、ということを確認したバックは、エラリイが発見した遺書は１９６１年にモーナが自殺未遂をした時のものを偽造したものであり、自分がモーナを殺したと宣言した。それは、モーナが残した遺言書に「すべてをモーナを殺害した者に与える」と記載されていたためだった。
一同が唖然とする中、バックは得意満面だったが、そのような遺言書は法的に無効であり、しかも偽造した証拠で無罪となったということが明らかになれば再び裁判にかけられることになることをカーティス弁護士に指摘されてしまい、いらだたしげにその場を後にした。
この場合、モーナの１０００万ドルにも及ぶ遺産はどこへ行くのか。彼女には身寄りがないとされていた。
ところが、その翌日、カーティス弁護士は、バックとチェリー、エラリイ、ペルツ警部補を呼び出すと、リード・ハーモンという男を紹介した。ハーモンはかつてモーナと結婚しており、十日間で離婚したものの、彼女が設定した二十万ドルの信託基金で生活していたという。そして、カーティス弁護士は、さらに衝撃の事実を報告した。モーナはハーモンに対して離婚した、と言ってはいたが、その履歴を残さないためか、実際は離婚届を提出していなかったのだ。すなわち、ハーモンはモーナの夫として、彼女の遺産を相続する立場となる。
エラリイは、念のためにモーナ死亡時のハーモンのアリバイを確認したが、ハーモンがモーナを殺すことは不可能な状況だった。今回の事件の最初からの経過について、バックと話し合おうとしたエラリイだったが、エラリイが見たのはガレージで首を吊っていたバックと、その側ですすり泣くチェリーの姿だった。
一連の事件は解決したかのように思われ、エラリイはしこりを感じながらも、ハリウッドを後にする。
２ヶ月後、ニューヨークに戻ったエラリイは、ペルツ警部補から連絡を受ける。ハーモンが相続した財産を使って映画制作のためのスタジオを購入しようとしているらしい。しかも、チェリー・オハラはいまやハーモン夫人なのだという。それを聞いたエラリイは、ハリウッドへと舞い戻った。
銀行で聞き込みを行ったエラリイとペルツ警部補は、そこで意外な事実を知ることになる。ハーモンが担保にできる財産は５００万ドルだけだった、というのだ。モーナの遺産は１０００万ドルの非課税公債および城や宝石だったはずである。では、残り５００万ドルはどこへ消えたのか？
それを確認しようとした矢先に、ハーモンは殺害されてしまうのだった。
まさしく謎が謎を呼ぶ展開!!
消えた５００万ドルの行方は!?
そして、誰がモーナとハーモンを殺害したのか!?
「間違いの悲劇だ」とつぶやいたエラリイが見出した事件の真相とは!!
本作のテーマは、梗概最後に付されたダネイからリーへの手紙の一節「探偵小説の厳格な枠組みの中で、今日の世界の狂気を描こうとする試みである」にあるように、今日の狂気ということになる。特に狂気に捕われているのがバック・バーンショウであり、彼は図書館で身に着けた付け焼き刃の法律知識で、殺人者となりながらも遺産を相続しようと図る哀れな男、ということになる。他人事として見れば哀れという一言で片付けることができるものの、いざ自分の身を振り返ってみると似たようなことはしていないだろうか？
インターネットが普及して、GooGleに代表される強力な検索ツールが実用化されたことにより、知識を身につけることは非常に容易いこととなっている。しかし、それを本当に自分の知恵として利用できているだろうか？ 本当はただ知っているだけなのに、自分こそがそのことに関して専門家であり、全てを知っていて全てを行使できると思い込んでいる節はないだろうか？ このようなことも、今日的な狂気の一種であろう。
また、一連の事件を梃子にして、零落していた法律事務所を建て直したカーティスの行為も狂気の一種であろうし、このような事件を捜査するエラリイもまた、事件に執着するという狂気からは逃れ得ていない。
ひいては、３０年以上も前の小説（にもなっていない梗概）を評している手前もまた、ある種の狂気に捉えられていると言ってもいいだろう。
まさしく、本作は今日的な狂気をテーマとしており、それは今でも色褪せていないのだ。
物語の展開も一筋縄ではいかないものとなっており、この梗概が脚色されることにより、どれほどのスリルとサスペンスを生み出したか、実物が存在しないのが本当に残念に思える。バックが明かす事件の内幕、突然現れる過去の夫、そして何者かに殺されてしまうことによる意外な展開、と物語は二転三転し、実に読ませるものになったであろう。
トリックについても、意外なトリックが存在することが示されているし、事件の真相についてもクイーンらしい論理的な展開によるもので解決に辿り着くことが示されている。これが完成作として発表されなかったのが本当に惜しい。
登場人物についても、梗概段階なので細かい心理的描写などがなされていなかったりするし、登場人物の役割についても不明瞭な部分もある。それでも、完成作を期待するに足る人物造型がなされており、これが、真のクイーンの遺作であったなら……と思わせてくれる一品である。
また、作品が完成していくプロセスを垣間見ることができる点についても興味深いものがある。ファンならばぜひ一読すべきだろう。
私はこれまであなたがおこしてきた、数々の奇跡を知っているのですよ！(P184)
ところで、あなたは、ライツヴィルの人々からは、何を聞きましたか？(P.184)と訊き返している。
彼のライツヴィルにおける二度の活躍を、彼の大失敗の実例として数えている(P.45)というのを引いているのだろう