スキュートニー・ブルーフィールドは、ビジュー劇場を買い取ってアマチュア劇団による芝居の公演を始めた。しかしながら、その公演は上手く行かなかった。業を煮やしたブルーフィールドは、かつての名優マーク・マンソンを引き出しての『ドン・ファンの死』を上演することで、起死回生を図ることにした。
ところが、舞台開催前日、酒に酔ったマンソンは、階段から転落して右手の骨を折ってしまった。ブルーフィールドとマネジャーのアーチャー・ダルマンは代役として、フォスター・ベネディクトをなんとか引っ張り出すことに成功した。ところがベネディクトは、演ずべきセリフを片っ端から変えて『ドン・ファンの死』をドタバタ喜劇にしてしまい、挙げ句に舞台上でヒロインのジョーン・トルースローを口説こうとする始末。第一幕が終わる頃にはブルーフィールド、ダルマン、ジョーン、そしてジョーンに惚れて舞台裏を仕切っていたロージャー・ファウラーも怒り心頭に達していた。
第二幕が開始しても楽屋から出てこないベネディクトを呼び出しに行かされたエラリイは、胸にナイフが突き立てられている彼を見出した。手当ては間に合わず、ベネディクトは死んでしまった。死に際に、「ザ・ヘロイン」という言葉を残して。
ライツヴィルの新署長、アンセルム・ニュービイは早速捜査を開始する。舞台での出来事もさることながら、ベネディクトはかつてライツヴィルを訪れたことがあり、しかもその時にジョーン、ロージャーともに彼に遺恨を抱く事件を引き起こしていたため、ニュービイ署長の疑惑は二人に絞られていた。エラリイが二人を弁護するため、ベネディクトを刺したナイフに残された証拠を元に、真犯人を探り出すため打った大芝居とは!?
ライツヴィルを舞台にした中編作品。とり立てて特別なトリックなどが使われているわけではないので、クイーンとしては凡庸な作品であるだろう。
ベセズダ大学で講演を終えたエラリイは、大学総長のダンウッディ博士に呼び止められた。学内で研究を行っていたハーバート・アゴーン博士は合衆国大統領に毎夜その件について報告していたのだが、今夜に限ってその連絡が行われなかったため、様子を見に行ったらアゴーン博士が殺されていたというのだ。
アゴーン博士の研究は、学内の〈塔〉と呼ばれる研究棟の最上部の研究室で行われており、そこに上がるためのエレベータは一つしかなく、しかもエレベータ使用には来訪者名簿に氏名を記入する必要があった。この日の来訪者は２３名であり、最後の訪問者はダンウッディ博士だった。
捜査を開始したエラリイは、アゴーン博士がその手に紙を握りしめているのを発見した。それには「Ｅ」と書かれていた。アゴーン博士のダイイングメッセージなのだろうか？ しかし、その紙は向きを変えると「３」に、「ｍ」に、そして「ω」にも見えたのだった。
果たして、アゴーン博士は、いったいどの文字を書いて、犯人を指摘しようとしたのだろうか？ エラリイの推理はそれを解き明かすことができるのだろうか？
ショートショートで、ダイイングメッセージもの。紙をくるくる回している間に解決してしまった事件なので、事件的には特筆すべきことはないように思う。
しかし、今回の被害者であるアゴーン博士が国防上の研究を行っていた学者であり、その殺人事件の調査に駆り出されたエラリイという展開は、本格推理小説の世界においても国際情勢が影を投げかけてくる時代になったということを示しており、また作家クイーンもそのような情勢を無視できない時代であったということを意味しているのであろう。
ただ一つ気になるのは、十のうち九まで死にかけている人間が、そこまで頭が働くとは、あまりにもこじつけの想像です(P.117)
と言いつつ、けっこう難しい内容のダイイングメッセージを残しているような気がすることである。あと、やっぱりまたしても『Ｘの悲劇』で語っていたことと矛盾するような気もするんだけど、やっぱりあれはバーナビィ・ロス名義だからいいんだろうな……(^^;)
今は亡きサミュエル・Ｒ・リヴィングストンの第二夫人ベラは、心臓が悪くなったことをコンクリン・ファーナム医師に指摘されてから、コンパニオンとしてエイミー・アパムと同居を始めた。ベラの義理の息子、娘であるサミュエルJr.、エヴァレット、オリヴィアは、サミュエルの死後、家を出て行って父親からの遺産で好き勝手に暮らしていたためだ。
ある日、ベラは彼らを呼びつけた。義理の息子、娘を前にして、ベラは亡くなったサミュエルがまだ遺産を残していたことを告げ、自分に対して不義理だった彼らにはその遺産を贈与せず、エイミー・アパムに全額を寄贈することを宣告した。そして数日後、彼女が枕を押しつけられて窒息死しているのが発見された。
遺産管理者であったハーバート・ウェントワースによってライツヴィルに呼び出されたエラリイは、この事件の捜査を開始した。ベラの残した遺言書は、やはりエイミーに遺産を贈与するという内容であり、金に困っている義理の息子や娘がベラと同様のことをエイミーにするかもしれない、ということをエラリイは指摘した。
エイミーは、飲もうとしたスモモのジュースには睡眠薬が仕込まれ、さらに鹿撃ち銃で狙われるはめになった。さらには、乗っていたボートに穴が開いていたため、溺れそうになってしまうエイミー。いったい誰がベラを殺し、エイミーを執拗に狙うのだろうか？ エラリイの推理が、またしても謎を解き明かす！
ちょっと意外性のある作品。難しいひねりがあるわけではないが、殺人を首尾よくやってのけた犯人が、なぜエイミーに限っては上手く手を下せなかったのか、という点に気がつけば犯人を当てるのは難しくない。
リリー・ミンクスが、お気に入りの賭博場パラダイス・ガーデンズで、イヤリングにしていたダイヤモンドを盗まれてしまった。偶然にもその夜行われたクイーン警視による手入れの結果、犯人はすぐに見つかった。しかし、ダイヤモンドは出てこなかった。リリー・ミンクスの癇癪を恐れた犯人は、ダイヤモンドの在処を吐かぬまま、窓から逃走しようとするが失敗して死んでしまう。
死に際に犯人が残した言葉は「ダイヤモンズ・イン・パラダイス」。その言葉にしたがって、パラダイス・ガーデンズ内を必死に探したものの、ダイヤモンドは出てこなかった。果たして、ダイヤモンドはどこに行ったのか？ 現場に行くまでもなく、エラリイが指摘したダイヤモンドの隠し場所とは、いったいどこか!?
えーと……最後が「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」で締められていないのが欠点であるような作品(^^;)
弁護士ジョン・キャロルは、自宅に同僚であるメレディス・ハントの突然の訪問を受けた。ハントは、キャロルが委託財産の横領を行っていることを弾劾し、さらに自分の妻であるフェリシアとの不倫を指摘した。そして、その夜キャロルと取っ組み合いをしたハントが、ラ・ガーディア空港へ向かう途中のクイーンズボロ橋近くの東五十八丁目で、サンダーバードの中で殺されているのが発見された。
現場に残されていた拳銃はキャロルの持ち物であることが判明し、しかもハントがキャロルとの間に問題があったことを証明するための手紙を残していたため、キャロルはハント殺害の容疑者として逮捕されてしまう。妻ヘレナの払った保釈金で保釈されたキャロルは、ハント殺害時のアリバイを証明するため、ハントの妻フェリシアに会いに行く。ハントが殺された時間、フェリシアにキャロルが面会していた、ということを証明するための文書を作成するためだった。フェリシアがキャロルを追いかけていたのは事実だったため、それが明るみになるのを両者とも避けたかったのだが、キャロルにしてみれば背に腹は替えられなかった。
裁判が開始され、キャロルに対する風向きはよくなかった。キャロルは、アリバイを証明するための文書が事務所の金庫にしまわれていることを示唆するが、その文書は収められていなかった。文書を作成した時のわずかな隙を見つけて、フェリシアが文書を奪ったに違いなかった。エラリイとヴェリー部長刑事、クイーン警視はサントス家の別荘にフェリシアを捜しに出かけたが、そこでフェリシアが殺されていたのを発見した！
無罪を証明するための証拠も証人も失われた今、キャロルの命は風前の灯だった。果たして、キャロルは救われるのか？ エラリイの導き出した推理は、驚愕すべき犯人を指摘したのだが……！
傑作。キャロルの無罪を証明できるか否かというサスペンス、彼に迫る判決の時というスリルがない交ぜになり、しかも最後に驚くべき真実が明かされるというカタルシスとが三位一体となって本作の完成度を高めている。
また、エラリイの人間らしい行動にも注目であろう。真実を解明しつつも、それを告げずにおいた彼は、〈国名〉シリーズの頃とはまるで異なっている。ライツヴィルものの初期に見せた人間性というのは、エラリイの中に確実に根づいたようであり、キャラクターとしてのエラリイの魅力を際立たせていると言えよう。
エラリイ・クイーンがなにを示したか、わたしにはよくわかっている。彼は例によって、なにもないところから、なにかがあるようにでっち上げる無類の才能を示したにすぎんのだ。エラリイは、証拠というものをなんだと思っているんだ(P.254)
一生涯こんな仕事をしてきたくせに、わしはまだこういう場合になるときが強くなれないのだ(P.260)というわけで、クイーン警視の仕事ではないが、キャロル事件については、エラリイが真相を秘めていることを感じとって、死刑執行のその時エラリイと共に刑務所にいた