都市　ー終章ー

City -Epilog-
訳：鎌田　三平
早川書房、Ｓ・Ｆマガジン(1975/7月号)

昔書いた書評は、こちら

STORY：

　その１日に全てが同時に起こったが、二十日鼠を除いては幾星霜もの年月を単独で過ごしてきたジェンキンズには、その日がいつであるのかはわからなくなっ ていた。
　地球に残されたただ一つの人類の建造物、ウェブスター邸でジェンキンズが過去を思い起こしていたとき、それは起こった。蟻たちが建造し続けていたはずの “ビルディング”が崩れ始めたのだ。ジェンキンズは、“ビルディング”の内部に足を踏み入れた。その内部には巨大な蟻塚がいくつもあり、それらの頂点には 奇妙な金属製の装飾物がついていた。そして、蟻塚には生命あるものの痕跡はなかった。死ぬことを知らないはずのロボットすら、この中では死に絶えていた。 人類は去り、犬たちも去り、ロボットも去り、そして今また蟻も地球を去った。地球に残っているのは二十日鼠と水棲動物、そしてジェンキンズだけだった。
　破壊が続く“ビルディング”から逃げ出したジェンキンズは、蟻たちに何があったのかを考えた。ミュータントのジョオは、戯れに蟻たちに温室を与えた。そ の後、ジョオはそれを破壊してしまったが、蟻たちはその逆境を乗り越え知性を手にした。その証が、蟻塚の頂点に飾られていた人間の蹴り脚を模していた金属 製の装飾物だった。だが、知性を手に入れた蟻は、安定性の中に埋没してしまい、そのために何らかの変化に耐えることができず滅んでしまったのだろうか？
　その考えを自分に当てはめてみたジェンキンズは、そもそもそのようなことを考えた自分に衝撃を受けた。有賀その社会機構に埋没したように、ジェンキンズ は自分も人間社会の構造に深く埋め込まれていたことを自覚したのだ。
　その時、宇宙船がジェンキンズの近くに着陸してきた。宇宙船から出てきたロボットはアンドリュウだった。アンドリュウは、地球にはもうなにも残されてい ないことから、ジェンキンズを宇宙への旅へと誘いにきたのだ。二十日鼠が残っており、ウェブスター邸が残されている、と反論したジェンキンズだったが、蟻 の滅亡を知ったことが彼を動揺させていた。
　残されていると思っていたウェブスター邸だったが、そこに残されていたはずの様々なものは実は失われていた。
　ジェンキンズは、アンドリュウとともに宇宙へ行くことにした。
ジェンキンズはさよならを言おうとした、だがさよならは言 えなかった。泣くことさえできたら、とジェンキンズは思った。しかし、ロボットは泣くこともできないのだ。(P.366)

感想：

　『都市』は、早川書房から文庫と して出版されているが、この『終章』については文庫に収められることなく、ＳＦマガジンのみの発表に留まっている。普通にはこの『終章』は読むことができ ないので、前にも書いたが完全版の『都市』を出版して欲しいところである。

　本作は、ジョン・Ｗ・キャンベルJr.追悼アンソロジイとして書かれたものである。『都市』の八編のうち一作を除く全てがキャンベルJr.の〈アスタウ ンディング〉に発表されたことから、ハリイ・ハリスンの薦めもあってシマックはキャンベルJr.の追悼として、本作を上梓したのである。

　本作では、狂言回しとしてのジェンキンズではなく、一人のキャラクタであるジェンキンズのパーソナリティに重きが置かれている。すなわち、自覚的にも、 非自覚的にも、『都市』という作品でジェンキンズは重要な役割を果たしているが、そのジェンキンズ自身の主体性についてはほとんど描かれたことがなかっ た。ジェンキンズの行動は、ウェブスター一族のことを念頭においてなされている。それは、二話の『密集地』では命じられたとおりに使者を追い返したこと、 七話の『イソップ』で人類をコブリーズの世界に追放してしまうことも、そして八話で蟻への対処法をウェブスター一族最後の生き残りであるジョンに聞きに行 くことにしても、明示的あるいは黙示的にジェンキンズはウェブスターに命じられたままに動いてきた。
　それは人類も犬もいなくなった世界でも、ウェブスターの存在が枷としてジェンキンズを縛りつけ、彼を変化から遠ざけていた。だが、変化しない蟻が滅びを 迎えたのを目の当たりにして、ウェブスターを棄ててジェンキンズは変化を受け入れることになるという展開を描いているわけである。しかし、ジェンキンズは 変化しない存在だったであろうか？

　決してそうではないだろう。ジェンキンズは、外殻が変わっただけではなく、その内面も大きく変化している。それは、二話の杓子定規的な対応と、七話の人 類の追放を自覚的に行ったことを比較するだけでも、ジェンキンズの変化は明確である。ジェンキンズ自身はその変化に気がついていなかったとしても、ジェン キンズもまた様々な変化を遂げていたのだ。
　そして、蟻のビルディングが崩れるのをきっかけにして、ジェンキンズは不変を怖れ、自分の変化を自覚して地球を去っていったということになる。

　変化を自覚して去っていくという本作は、都市に集まった人類が、戦争の危機という変化に対応して都市を放棄して、さらに人類以外の存在に変化して地球を 去ってしまう、という『都市』の終章として実に相応しい作品である。ジェンキンズは、最後の最後にウェブスター一族の一人として、地球を去っていったのだ から。
 
 

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