STORY：

第一部　黒髪の麗人

　再び舞台へ立つためのダンスのレッスンをしていた芳江の元へ足を運ぶ途中、明智は芳江が三田村の助手と一緒に車に乗っているのを目にした。芳江にそのことを聞いた明智だったが、芳江はそれを否定した。また、そこにいた佐川は、芳江のカムバックの邪魔になるようなことはしないでくれ、と明智に訴えた。
　だが、青木は芳江のカムバックについてバカな考えだと一笑に付していた。そんな芳江をあくまでも庇おうとする佐川に対して、青木は芳江に対して送られて来たファンレターはすべておまえが書いたものだろう、と暴露し、さらに自分が楽しむためならともかく、人を楽しませるためには一銭も使う気はない、と広言した。
　明智は、助手の辰巳のことで、三田村と話をしようとしたのだが、辰巳が辞めてしまったということを三田村から聞かされた。芳江と辰巳が知合いかどうか、明智は三田村に訊いてみたものの、明確な答えを得ることはできなかった。芳江のことがそんなに気になるのか、と尋ねる三田村に対して、二人に黒薔薇が送られて来たことから、事件がこれだけで収まるようには感じない、と明智は答えた。
　芳江が入浴すると、背中を流すよう青木に命じられた佐川が入ってきた。背中を流させるため裸身を曝け出した芳江は、覚悟を決めたかのように、佐川に抱かれるのだった。そして、青木はそれを覗き見ていたが、二人の逢瀬を覗いていたのは彼だけではなかった。
　愛する芳江をついに抱き、余韻を残すまま自室に戻った佐川は、そこに黒薔薇があるのを目にした。そして、ノックに応じて扉を開いた佐川の前には、香がいた。翌朝、ガラス張りのテラス様に作られた浴室の屋上に、黒薔薇とともに佐川の死体が発見された。
　佐川が、青木がコレクションしていたナイフの一つで刺されていたことから、青木は佐川を殺したのが自分かもしれない、と波越警部に言った。もっとも、コレクションのナイフは誰でも持ち出すことができた、とも。明智は、香のアリバイを確かめようとしたが、三田村が一緒だったと証言した。そして、その夜、香のアリバイを証言した三田村は、香の身体を求めるのだった。
　明智探偵事務所の一堂と波越警部は、佐川殺しについて話し合っていたが、明智は今回の犯人は嫉妬に駆られた香が犯人だと喝破していた。事件は一気に解決だと意気ごんだ波越警部だったが、佐川殺しの犯人は香であるにしても、久木殺しについては解決していない、と明智は制した。一連の事件には、もっと深い謎が隠されているに違いないという明智に、香を泳がせて様子を見るか、と波越警部は考えた。
　そして、香の元にも黒薔薇が送られて来た。夕食の場で、このことについて明智に相談すべきだと言う三田村と芳江だったが、青木はやぶ蛇になっては困るだろう、と反対した。場の雰囲気にいたたまれなくなった香は、この中に本当の黒薔薇の送り主がいるに違いない、と席を立った。香を追いかけた三田村は、滅多なことは言うものではない、と彼女に釘を刺した。そして、芳江に見せつけるかのように、三田村は青木との恥戯を繰り広げるのだった。
　深夜、屋敷を抜け出した香を、張り込みをしていた波越警部たちが追跡したが、撒かれてしまう。そこまでして香が向かった先は明智探偵事務所だった。そこに現れた人影に、真犯人を告げようとした香だったのだが……。
　翌日、事務所にやってきた明智は、事務所前に黒薔薇が置かれていたことを文代と小林から知らされた。また、青木邸では、香が行方不明になったことをお手伝いと芳江が騒いでいた。そんな時、青木邸を訪れた明智は、自分の事務所前に黒薔薇が置かれており、これが香の元へ送られて来たものであろうこと、また、香と謎の男が深夜事務所を訪れてきたのをビルの管理人が目撃していたことを告げた。なぜ香が明智の元へ行ったのかを訊く青木に対して、香が黒薔薇事件の真犯人に気付いたのではないか、と言い、さらに事務所の前に黒薔薇が置かれていたのは自分への警告だろう、と明智は答えた。
　警察は香の指名手配を行ったが、その動きは一歩遅れていた。青木邸に、芳江宛に速達小包が届けられた。その中身は、切断された左腕だった。また、時を同じくして三田村の元へ、切断された右腕が送られていた。指紋を調べた結果、その両腕はやはり青木香のものだった。

　明智は、事務所の自室に篭もり、芳江から借りたあの『カルメン』のフィルムを何度も観直していた。そこに訪れた波越警部に対して、事件の謎がこのフィルムに隠されていると考えている、と明智は言った。明智に対して、香の腕は見つかったが死体は見つかっていない、という波越警部に対して、明智は何かに気付くと、波越警部を促して青木邸へ向かった。死体は、青木邸の浴室に置かれていた。浴室は、佐川の死体が置かれて以来、青木がたまに使う以外は使われていなかったという。
　ピアノを弾いていた青木は、死体が見つかった香について、警察に捕まるよりは良かった、と明智に言った。さらに、香は佐川を殺したきりだ、という青木に対して、明智はそれはわかっている、と答えた。犯人の目星はついているが確証がない、という明智に、誰が犯人かは知らないが、犯人は素晴らしい芸術家だ、と青木は賞賛した。そして、存分に楽しませてもらったと言い放つと、あとは仕上げをどうするかだ、と青木は言うのだった。
 

第二部　エロスの白い肌

　これまでの事件は、偽の芳江をでっち上げた青木愛之助の犯行であり、追い詰められたと思った青木が偽の芳江と心中してすべてを精算したものとされ、波越警部はその場を去っていった。だが、青木邸に残った明智は、芳江に対してまるで別人になったかのようだ、と言った。そんな明智に対して、青木にも、明智にも縋ることなく、生まれ変わって強く生きていかなければならない、と芳江は言うのだった。芳江に対して、明智はあなたの力になって上げたい、と言って、屋敷を去った。
　かくして、芳江は数十億の遺産を受け継ぎ、『鳳芳江』として、歌劇の世界に復活を果たした。記者会見で、カムバック第一作の相手役が秘密にされたことで、芳江の復帰は大きな話題を呼んだ。

　明智は、病院から出た三田村の車を尾行した。三田村が向かった先は、郊外にある洋館だった。その敷地の一角にある四阿に忍び込んだ明智は、数々の医療器具や薬品が並んだ研究室を目の当たりにした。そして手術台の向こうから姿を現したのは、三田村とその助手だった――。

　明智が見た三田村の正体は！
　芳江の一人二役の秘密とは！
　そして、怪奇な事件の陰に潜む、黒い薔薇をめぐる悲劇とは!?

感想：

　本作を語るには、中村嘉葎雄演じる青木愛之助という人物から始めるのがもっとも適切だろう。壮年でありながら、使い尽くせぬほどの財産を受け継いだため、ありとあらゆる刺戟を味わい尽くして、この歳にして人生に倦んでしまった人物、という青木愛之助というキャラクターを見事に演じている。妻と愛人を同席させ、愛人に虐待される姿を妻に見せることや、妻に不貞をさせるように仕向け、妻がそのとおりに動くのを見るのが喜びという怪人物を実にハイテンションな演技で見せてくれるのである。なにしろ初登場のシーンで初っ端からプレートアーマー着込んでいるのだから、そりゃ観ている方も驚かざるを得ない。その上で、スリルを味わうためには「もう誰かを殺すか、誰かに殺されるか」しかない、という言葉を沁み沁みと口に出すのである。青木愛之助という怪人物を演じ切った中村嘉葎雄なかりせば、本作は成り立たなかったと言い切れるだろう。

　もちろん、新春スペシャルということで美女も盛り沢山である。本作のヒロイン高田美和、もう一人のヒロイン鰐淵晴子、さらに美保純、加えて本作から文代役が高見知佳に変更ということで、《美女》シリーズならではの美女の描写ももちろん忘れてはならないところだ。

　高田美和演じるところの青木芳江は、本作では悲劇のヒロインという役所から始まっている。夫に虐待されている妻、と書いてしまえば平凡すぎる記述だが、その虐待のされ方が上記のような形なのだから、悲劇性はより高まっていると言えるだろう。しかし、当然のことながら芳江は虐待される妻、というだけではない。青木にさんざん焚き付けられた秘書が浴場に入ってきたときには、青木が覗いていることを承知したような視線を向けてから、情事に没頭してしまうという女の怖さのようなものを見せてくれるし、後半にはカムバックした歌劇のスターとしての華々しさが、芳江にはある。
　もちろんこのシリーズならではのエロスも忘れてはならない。秘書の佐川に浴室で抱かれる様や、舞台演出家の久木に後側臥位で責められている姿は、実に色っぽいのである。

　鰐淵晴子演じる女医の三田村あきは、芳江とはまた違った人物として描写されている。因縁浅からぬ仲の芳江の夫、青木愛之助の愛人である彼女は、またＳの女王様として青木の上に君臨しているのだ。黒革のボンデージルックで、クールに青木を責める三田村の姿にエロスを感じないものはいないのではないか？　また、彼女はレズのタチとして、美保純演じる青木香との濡れ場もある。
　もちろん、このようなエロさだけを、三田村が本作で売りにしているわけではない。かつては歌劇のスターだったのに、舞台上の事故からアメリカに行って医学を学び、日本に帰ってきてからは青木の愛人、という流転のある人生を感じさせるキャラとして、そしてドラマ後半では視聴者を驚かせるような人物なのだから、三田村あきという女性は。

　美保純演じるところの青木香も忘れ難い人物である。主の妻に横恋慕する秘書を愛してしまったということが、彼女の悲劇だったというところだろうか。もちろん悲劇に翻弄されるだけではなく、芳江を抱く佐川の痴態を覗き込む視線の冷ややかさが、本作で印象に残る部分である。そんな彼女と三田村との、暖炉前でのラブシーンは本作の売りの一つであろう。

　そして、本作から、五十嵐めぐみから代わって文代を演じることになった高見知佳である。本作が、青木愛之助を巡る事件の謎に終始していたことから、登場シーンそのものは多くないのだが、意外と印象に残るシーンが多い。登場早々に明智に“節煙”を押し付ける活動的な文代として、番組に躍動感を与えている感があったりする。“五十嵐”文代が比較的控え目な人物造型がされていたのに対して、“高見”文代は、明智との年齢差が明確にあることからか、若さによる積極性を出しているということだろう。これまでの明智探偵事務所は落ち着きのある職場だったのだが、“高見”文代が参入したことにより、以降の作品では活気のある事務所になっていくのであった。
 

　というわけで、出演している役者についてはどうこういう部分はないのだが、ドラマの構成にはどうにもならない部分があったりする。
　なにがどうにもならないか、というと、上記のストーリー紹介において、ネタばれを避けるため、第二部の記述が極端に少なくなっていることからも明らかであろう。後半にネタばらしが来るのは当たり前であるにしても、たらたらとネタばらし部分をそのままドラマのシーンにしてしまうような構成はいかがなものだろう。そのおかげで、ドラマ最高の見せ場である明智先生の変装剥がしシーンもただ変装剥がしただけ、という描写になってしまっているのだ。構成ミスのせいで、本作はクライマックスにおけるカタルシスを感じられない凡作と化してしまっているのである。
　また、振り返って考えてみると、本作で死んだのは久木、佐川、青木、芳江の偽物の四人である。このうち、佐川は香が殺したので、実は事件の本筋には関わりがない。さらに、青木と芳江の偽物の死は、事件の結末として扱われている。従って、明智や波越警部が事件に着手したとき死んでいたのは久木だけ、ということになる。で、久木の殺害はどう取り扱われたかというと、比較的普通の情痴事件のようなものであり、事件現場に芳江が目撃されたにも関わらず、その芳江は青木邸にいた、という不可思議な謎についてほとんど放置されているのだ。とすると、最初の事件にまったくストーリーの牽引力がないように扱われているにも関わらず、捜査に従わる人々は怪事件を取り扱っているかのような態度で捜査に当たるという、ちぐはぐな展開となってしまっているのである。どうせなら、芳江が二人いるかのような描写をもっとふんだんにしておけば良かったような気もするが、そうすると後半のネタが早々に割れてしまうという問題も生じうる。

　と、考えると、やはり青木愛之助という怪人物の描写をもっと増やして、いかにもこの男がすべてを仕組んでいるかのようなレッドへリングをもっとぶら下げておくべきではなかったろうか？　青木は、明智に芳江の浮気を目撃させて悦に入るような人物であり、自分が殺されるか自分で殺すか以外の刺戟がないかもしれないと思っているような、何を仕組んでもおかしくないという造型がされているのだから、これを活かさない手はないだろう。確かに、殺人予告として黒薔薇を置くという描写があり、青木が黒薔薇に執着していて、という描写もあるにはある。しかし、他の部分の青木の描写が薄いために、このような小道具が機能していないのである。
　人生に倦んでいて、愛人から与えられる快楽や、妻を虐待して得られる快楽ではもう物足りない、そういう破滅的／刹那的なキャラクターとして青木愛之助を造型しているにも関わらず、その描写が不足しているために、ドラマにスリルとサスペンスを与えることができなかったというのは、実にもったいないと思うのだ。
　新春１５０分スペシャルで、時間は十分にあるはずなのだから、青木についての描写不足もまた構成ミスとして数えることができるだろう。

　ついでながら、舞台用の小道具の短剣で人を殺すことができるのだろうか？　金属製なら刃はなくても刺さるとは思うけど、ちょっとした間違いで怪我するような危険な材質は使わないような気がする。

見どころ：

　明智に対しては控え目だった“五十嵐”文代に比べると、明智のタバコであっても箱ごと持って行ってしまう“高見”文代は積極的なのだった
 

　青木愛之助は、こういうプレイをしている姿を、妻の芳江に見せていたりする。
　青木にマゾっ気があるというのもあるのだろうが、自分に隷属させている妻に対して、自分が隷属させている姿を見せつけることにより、さらに妻に対して被虐している、というところだろうか。こういうことを考えると、青木は単なるマゾではないのではないのだろう。
　ただ、上でも言っているように、こういう変態プレイさえもどこか醒めて行っている、というのが青木という人間らしい気がする。そういう意味では、もう少し深い描写が欲しかったように思う。三田村から見えないところで「……ふん」とか小さく鼻で笑うとか