大宇宙の守護者
Cosmic Engineers
訳：団 精二
早川書房、早川文庫ＳＦ(1975/1/31発行)
STORY：
６９４８年、〈イヴニング・ロケット〉誌は、記者のゲイリー・ネルスンとカメラマンのハーブ・ハーパーを宇宙船スペース・パップ号に乗せ、１年がかりで
太陽系内の各惑星における事件を取材する特派員としていた。その二人は、冥王星へ向かおうとしていた。冥王星では、外宇宙への探検へ向かおうとしていたト
ミー・エヴァンズと、その航行が無謀なものであるとして止めようとしていた当局との間で一悶着起こっており、その顛末を記事にするよう、本社から連絡が
あったのだ。
その途中で、ゲイリーは漂流状態にある宇宙船を発見した。奇妙なことに、ボロボロの状態で発見されたその宇宙船は推進機関を有していなかった。宇宙服を
着込んだゲイリーはその宇宙船に近づいた。生命活動を全く見つけることはできなかったが、舷門の側にはこの宇宙船への侵入方法が刻み込まれていた。その指
示に従って船内に入り込んだゲイリーは、船室の中で液体に満たされたタンクを発見した。その中には一人の少女が横たわっていた。近くに残されていた指示に
従って、ゲイリーは彼女を覚醒させた。
彼女の名前はキャロライン・マーチン。５９７６年に大学を卒業した１０００年前の女性だった。彼女は人類とジョヴィアン人との間で起こった星間戦争時、
人類を勝利に導きうる新兵器を開発したにも関わらず、その秘密を開示しなかったということから、宇宙船に閉じ込められたまま宇宙に放棄されてしまったの
だ。だが、彼女の協力者が、仮死状態を実現する薬品を船内に秘かに持ち込んでくれたために、キャロラインは１０００年の時を眠ったままとほぼ同じ状態で過
ごすことができたのだった。だが、その計画には誤算もあった。肉体は仮死状態に陥ったが、彼女の精神は目覚め続けていたのだ。１０００年もの間、彼女は考
えることしかできなかった。そのことが、彼女に数学に関する超知識と、テレパシーの能力を与えたのだった。そして、彼女は星々の間に飛び交う何者かの
“声”を聞いていたという。
冥王星へ向かうスペース・パップ号は、本社からのさらなる通信を受けた。それは、冥王星で宇宙線に関する研究を行っていたキングズリ博士が、外宇宙から
のメッセージを受信したという真偽を確かめよ、というものだった。
冥王星へ到着したゲイリーとハーブ、そしてキャロラインは、キングズリ博士の元へ赴いた。キングズリ博士によれば、確かに冥王星へ向けて発信された信号
を受信したという。それは、信号の内容からして知性のある者が発信したことは確かなのだが、純粋な思考エネルギーによるものであるため、その内容を完全に
理解できてはいなかった。
そこで、キャロラインがその通信を受信することにした。キャロラインは、その通信内容を理解することができた。それは膨張し続ける宇宙の外縁から発信さ
れたものであり、しかも宇宙的な危険を報らせるためのものだった。さらにその発信者である〈宇宙のエンジニア〉は、冥王星へ対して助力を求めていたのだ。
人類は未だに太陽系から出ることができる宇宙線を有していなかったが、エンジニア達がもたらした情報をキャロラインが理解することにより、時空湾曲を行
うための装置を開発することが可能になった。そして、エヴァンズの宇宙船に乗り込んだキャロライン、ゲイリー、ハーブ、キングズリ博士はエンジニア達の待
つ世界へと向かった。
エンジニア達の惑星で彼らが出会ったのは、ロボットのような機械生命体だった。エンジニアを自称する彼らは、ゲイリー達をもてなすと、迫りつつある宇宙
的な危険について説明を始めた。それは、この宇宙と、別の宇宙とが衝突しつつある、というものだった。衝突が起こることについては以前から判明していたも
のの、エンジニア達はそれを回避する方法を思いつくことができなかった。そこで、宇宙に住む他の知性体の力を借りてこの危機を回避しようとしていた。
だが、この危険に乗じようとする存在もいた。〈ヘル・ハウンド〉と称する生命体は、宇宙同士が衝突した後に新生する宇宙を自分たちだけのものにしようと
していたのだ。〈エンジニア〉達は、近づきつつある宇宙と、〈ヘル・ハウンド〉とを同時に相手にしなければならなかったのだ。
〈エンジニア〉達は他の知性体もまた自分たちの惑星に呼び寄せたものの、それらは思考形態が著しく異なっていたため、今回の危機を乗り越えるためには役
に立ちそうもなかった。〈エンジニア〉達は、人類にこの危機を打開する知恵を求めようとしていた。
この危機を回避するため、キャロラインは、宇宙と宇宙とが衝突する際に生じるエネルギーを、人工的に作った宇宙の中に封じこめるというアイデアを思いつ
いた。だが、その宇宙を作るためには、この宇宙を包含する五次元の超宇宙を支配する法則を知る必要があるのだ。
その問題を解決する前に、〈ヘル・ハウンド〉の大軍勢が〈エンジニア〉達の惑星へ襲いかかってきた。人工的に宇宙を作る技術について宇宙が衝突する危険
について通知を行ってきた別の宇宙の知性体に連絡するとともに、ゲイリーとキャロラインとは、超宇宙についての情報を入手するために、未来の地球へと向か
うことになった。
未来の地球は荒れ果てて、滅亡の時を迎えつつあるように見えた。だが、滅びつつある地球に残り続けた人類の最後の生き残りに、ゲイリーとキャロラインと
は出逢った。最後の人類である老人は、地球人はそのために用意されていた別の惑星に移り住んだということを彼らに告げた。キャロラインは老人に対して五次
元のことについて質問を行った。数学的に表現された五次元について、キャロラインは理解することができた。時間の要素を持たない生のエネルギーとでもいう
べき五次元は、キャロラインが考案した人工宇宙でも捉えきれることはできない。だが、その人工宇宙を五次元空間の中で回転させれば、膨大なエネルギーを蓄
積することが可能な人工超宇宙を生成することができる。老人が示したその知識についても、キャロラインは理解することができた。
かくして宇宙を救うための情報を入手したゲイリーとキャロラインとは、未来の地球を離れて〈エンジニア〉達の惑星へ戻ろうとした。だが、何者かの邪魔が
入り、未知の惑星へと不時着してしまう。そこは、〈エンジニア〉達に招かれた知性体の一種が住む惑星だった。しかし、その惑星の主は〈エンジニア〉達に招
かれた生物ではなかった。複数の精神生命体が結合した存在が、その惑星を支配していたのだ。それは、〈ヘル・ハウンド〉の宇宙船をもこの惑星へ招き入れ
た。そして、ゲイリー達と〈ヘル・ハウンド〉同士とを戦わせようとしていた。
ゲイリー達はこの危機を乗り越えられるのか!?
そして、宇宙と宇宙との衝突の危機を回避することができるのか!?
さらに、〈エンジニア〉達が示した、人類と〈エンジニア〉との関係に関わる驚愕の真実とは!?
感想：
原書発行年度は１９５０年となっているが、本作の連載は１９３９年ということで、当然のように当時のアメリカのスペースオペラ全盛の影響を受けている。
というか、この頃だとＳＦとはスペースオペラのことであって、本格ＳＦが立ち上がるのはもう少し後なわけだから、後年のシマックらしさを本作に期待するの
は、それは無理というものである。
それでも所々に（例えば、でも変わらないものだってある。鍬を入れたばかりの畑
の匂い、刈り入れ時の干し草畑の香り、夕暮れどきに空にくっきりと浮かぶ木立の美しさ(P.265)
等々）シマックらしさが表れていたりはする。
するのだが、これがジャンル的にはスペースオペラに相当する作品の本文に表れてくるというのは、やはり作品の評価としてはマイナスに働いてしまうだろう。
そもそもアクションシーンが致命的に下手だというのが問題だろう。シマックのファンを自認する私であっても、クライマックスの〈ヘル・ハウンド〉との決
戦描写のアッサリ具合には何これ？という感じである。宇宙船同士がドンパチしなくても、『グレー・レンズマン』の“負の惑星”や二つの惑星を利用した大破
壊など、迫力のある描写というのは存在するのだが、本作におけるクライマックスもそれに近いシークェンスであるにも関わらず、どうにも迫力に欠けると言わ
ざるを得ない。あっさりとした描写で強敵が倒れるんだから、逆説的に迫力があると抗弁できなくもないのだが、やはり無理があると感じてしまう。
シマックの文才が、こちら方面で発揮されることがなかったのは、本人にとっても読者にとっても幸いだった、と言えるだろう。
以前にも書いたのだが、やはり登場人物の描写について明瞭になっていないというのも欠点の一つである。特にトミー・エヴァンズの存在は本作にとってほと
んど意味を有していない。冥王星へ向かう、という牽引材料としてもその後すぐにキングズリ博士による外宇宙からの通信を受信、という大ニュースが登場して
くるので、作品の展開にもほとんど影響を与えていないのである。唯一、エヴァンズ（正確に言えばエヴァンズの宇宙船）が必要だったのは、耄碌した精神生命
体が課した試練を越えるためだけなのだが、これも他の宇宙船でも代替可能な展開なので、やっぱりエヴァンズは必要がないとしか言い様がない。
カメラマンのハーブにしても、もう少し使いようがあったような気がするし、本作の最重要人物であるキャロラインでさえも、人物設定の都合上の問題もある
とは言え、描写が一面的な部分がある。そもそも主人公が誰であるかも明確ではないという描写が最大の問題だろう。この辺り、やはり初期のシマックであっ
て、人物の整理、出入りが練られていないということなのだろう。
再読して思ったことなのだが、本作は“都市”の存在を一つのモチーフとしている。〈エンジニア〉達が造り上げた完璧な機構を備えた都市に、人類がいつか
〈エンジニア〉達と共に住むことをゲイリーは空想している。この都市に到達するま
でに、人類は永い辛酸の道を歩み、また星降る勝利の道をたどることもあるだろう(P.286)
と。
だが、その一方で、冥王星で発見された朽ち果てたかつての都市、そして未来の地球に存在するかつては繁栄した都市という描写がなされている。
その都市について、地球最後の人類はこのように語る。
「しかし今やその都市も塵と化し荒廃に帰する運命となっ
た。やがては砂漠が一面をおおい、風が挽歌をうたい、小さなけものが都市の背骨に穴をうがつ。（中略）都市の運命はそうだが」と老人はつづけた。「しか
し、人類はちがう。人類は歩みつづけるのだ（後略）」(P.201〜202)
このように、未来に対するポジティヴな考えもあるとともに、しかしゲイリーは次のようにも考えている。
人類が原始の野蛮と憎悪を棄てないかぎり、人類が卑劣で邪
悪で心の狭い存在にとどまり続けるかぎり、ここに足を踏み入れることはできないのだ。(P286)
「都市」に対する後者の考えは、形を変えて『都市』に受け継がれることになる。また、都市は繁栄するものであり、しかし滅び去るものであることが、本作
ではさりげなく示されている。すなわち、本作は『都市』誕生のためのステップボードでもあると言えるだろう。
シマックの足跡を辿るという意味で、本作は見逃すことのできない作品である。入手容易とは言えない本作であるが、シマックの作風を辿っていくためには、
やはり読んでおくべき作品であるだろう。
特記事項：
《宇宙報道員マニュアル》
報道員の立場にあるものは、定められた取材とは別に、未知
の通報源から送られてくるすべてのニュースに対して、つねに受信の態勢にあり、行動の態勢にあり、なおすみやかに対処しうる態勢になければならない。たと
え取材活動が太陽系の果てにおよび――あるいは宇宙の外縁にさえおよぶ場合にも、それを回避してはならない(P.6)
そのマニュアルを遵守して、ゲイリーとハーブは宇宙の外縁に本当に行ってしまうのであった。ゲイリーに至っては、未来の地球まで訪れてしまう
ジェオセクター
球面転移装置とも呼ばれるそれは、空間を湾曲させることにより、宇宙船を超高速で移動させることが可能である。エヴァンズが電圧式測量偏針儀に改良を加
えたものは、光速を越えることができるとされている。宇宙船の推進機構としては申し分のないものだが、惑星からの離陸や着陸に際しては、周囲の空間を湾曲
させるという特性が災いして、使用不能である。
キャロラインは、このジェオセクターの原理を武器として発明したのだが、これを惑星に対して使用されることを怖れ、その内容を軍部に対して開示しなかっ
た
〈あなたの太陽系〉
〈イヴニング・ロケット〉誌に毎週日曜掲載される記事。ゲイリーが文章、ハーブが写真を担当し、太陽系内の惑星の実写をあれこれ撮影し、宇宙での生活や
他惑星での生活の記録を報道するというもので、編集長はこの企画が成功して雑誌の売上が増加することを見込んでいる
アルカトーン
火星にある多数の大学でも最高水準をうたわれる理系の大学。キャロラインは、この大学を５９７６年に卒業した
ジョヴィアン人
かつて人類と交戦していた異星人。５９８０年にガニメデの近くで決戦が行われ、地球＝火星連合もジョヴィアン人も大損害を被った。その結果、ジョヴィア
ン人は木星へ逃げ込み、以来太陽系内で彼らの宇宙船を見た者はいない
コンラッド・フェアバンクス博士
キャロライン以外に、〈エンジニア〉が通知した時空湾曲を理解しうる人物。三方チェスの発明者でもあるが、犯罪を犯したものの、精神異常を認定されて精
神病院に収容されている。
ハーブが判決直後の彼の写真を撮影したことがあり、それは特ダネとして編集長からボーナス（紙幣で１０枚）をもらった
停止電子回転（サスペンデッド・エレクトロン・ファール）
何らかの材質の原子の電子回転を止めた後、それを結晶化することにより、大変な強度を誇る個体を得ることが可能である。あらゆる電子回転を止めることは
実験的には可能であるが、その状態を維持することが困難であるとされていた。キャロラインは、電子を一点に固定できる空間条件を作り出すことを発案し、こ
れにより、時空湾曲のアンカーポストの建造が可能となった
ワープ航路
惑星の回転に左右されるものであり、一度設定すると冥王星が４５度回転するまでは維持可能
〈清浄同盟〉
１００年以上前に、生命の喪失や財産の破壊をまねく危険のある実験を禁止する法律を立案した団体
チキン、マッシュポテト、グレービー、ワイン、牛肉の野菜巻（スタッフド・オリーブズ）
キャロラインの好物
２８９６年
一人の男が権力にあこがれ、生物兵器を最大限に悪用した結果、地球があと一歩で消滅しかけた年
ポーカー
未来の地球へ向かう人選を行う際に使われたゲーム。ゲイリーはこのゲームに一人勝ちした
〈ヘル・ハウンド〉
爬虫類のような知性体。背が高く、全身が鱗で覆われている。騙し討ちをかけようとしたり、宇宙船に閉じこもったゲイリーとキャロラインとを燻し出そうと
するなど、戦闘に関する知識は豊富に有しているらしい
封筒
キャロラインが五次元に関する方程式を理解するために、筆記用紙として使用したもの。元はゲイリーのもので、内容は借金の督促状だった
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