羽生　昭彦    水木　涼子
工藤　和彦    加島　潤
岡本　忠幸    鈴木　謙一
市東　昭秀    篠原　靖夫
沖　秀一    　加藤　真琴
刀原　章光    山崎　純資
マリー・オーマレイ
ウィリー・ドーシイ
荒川　マミ    高林　謙
椿　ゆき    吉沢　一彦

黒蜥蜴	小川真由美 （特別出演）

　　　

STUFF

プロデューサー	植野晃弘 佐々木 孟
原作	江戸川乱歩 （「黒蜥蜴」より）
脚本	ジェームス三木
音楽	鏑木 創
撮影	小杉正雄
美術	梅田千代夫
録音	山本忠彦
照明	佐久間丈彦
編集	鶴田益一
助監督	増田　彬
装置	谷津勝利
装飾	鈴木章司
記録	岡田真理
進行	田沢連二
美粧	ビアンコ
調音	松竹映像録音スタジオ
現像	東洋現像所
衣装	松竹衣装
製作主任	吉岡博史
協力	伊東温泉 ホテルサンハトヤ
衣装協力	キングシープ紳士服 株式会社ロコ・アトリエ・タカダ Ezeデザイナー： 加藤克彦 Claudineデザイナー： 塩谷純子 CAPUCCIデザイナー： 湯浅幸子
監督	井上梅次
製作	松竹株式会社 テレビ朝日

映像特典
９０秒予告／１５秒予告／ハイライト

STORY：

　戦後最大の宝石怪盗、“黒蜥蜴”。
　その“黒蜥蜴”が、不敵にも宝石商・岩瀬のダイヤモンドを盗むという脅迫状を送りつけてきたことを受けて、明智小五郎は、伊東温泉のホテルに投宿している彼の下へ向かった。そこで明智を待っていたのは、岩瀬とその娘、警備についていた波越警部、そして、岩瀬が宝石のことに関して相談に乗ってもらっているという、ドイツから帰ってきた緑川という婦人だった。
　大阪の消印が付されていた脅迫状には、『５月１２日午前１２時　あなたの一番大切なものを頂戴します』と記されていた。岩瀬は、《エジプトの星》というダイヤを秘蔵していた。この貴重な宝石こそが、“黒蜥蜴”が狙うものだ、と岩瀬は考えていたのだ。
　波越警部は、明智の来る前に警備計画を考えていた。岩瀬のベッドの隣に波越警部が、スイートルームの居間には明智が、そして廊下、エレベータ、ロビーには波越警部の部下が張り込むことになっている。また、波越の部下は、同一フロアに泊まっている人々についても、調査を行っていた。まさに鉄壁の布陣で警護に当たっていた。
　そんな中、厳重な警護をどうやって“黒蜥蜴”が突破するのか、どうやって盗みを成功させるつもりなのかと、この事件に興味を持っている、という緑川に対して、明智は賭けを持ちかけた。“黒蜥蜴”が勝つか、自分が勝つか、と。そんな明智を、緑川は笑い飛ばすのだが……。
　早苗と緑川が自室に戻った後、波越警部は“黒蜥蜴”の正体について、明智と話し合っていた。人種、性別、一切不明、ただどちらかの腕に黒い蜥蜴の刺青があり、何人かの部下を率いていることだけが、“黒蜥蜴”について判っていることだった。波越警部は、“黒蜥蜴”が冷酷な性格ではないかと言うのに対して、明智は優しい顔をして人一倍情熱的な性格をしている、と考えていた。
　１１時半を回った頃、緑川が岩瀬の部屋を訪れた。こうして、二人っきりで、じっくりと明智と話してみたかった、という緑川は、先ほどの賭けの話を持ち出してきた。“黒蜥蜴”の勝ちに全財産を賭けるという緑川は、その代償として明智が敗北したときは探偵を廃業することを持ちかけてきた。探偵を辞めて、自分の言いなりになれ、という緑川の言葉に、明智は同意した。その時、隣室の自分の部屋で妙な物音がする、と緑川が言い、明智は寝室を覗いてみたが、よく眠っているのを緑川が確かめた。
　午前１２時が一刻、刻一刻と近付き、警備陣の緊張が高まった。そして、１２時が過ぎた。“黒蜥蜴”は現れず、《エジプトの星》は無事だった。安堵する一同だったが、緑川は“黒蜥蜴”ほどの怪盗が約束を反故にするとは考えられない、と言った。そして、予告状の意味を取り違えているのでは、とも。明智は、隣室へ向かった。そして、早苗が寝ているはずのベッドは、もぬけの殻だった！
　岩瀬家の令嬢が“黒蜥蜴”に誘拐された、という事実を知った波越警部は、捜査を開始した。１１時以降にチェックアウトした客はいない、という波越警部の話を聞いた明智は、１１時以前の状況を聞いた。本郷大学の山川教授が大きなトランクを下げてチェックアウトしたことを聞いた明智は、早苗を連れ出したのは本郷大学で量子力学を教えているという山川教授であり、原稿を入れていた大きなトランクの中に早苗を隠したのだ、と推理した。しかし、早苗が寝ているのを確かめたはず、と敗北を認めるよう言う緑川に対して、明智は既に山川という男をマークしており、部下がその後をつけている、と言った。明智は決して敗北したわけではないのだ！
　だが、山川は決して無能ではなかった。尾行に気づいた山川は、文代と小林の乗る車を奪おうとしたが、県警のパトカーが現れたために、トランクを置いて逃げるしかなかった。トランクの中には、やはり早苗が収められていた。早苗が無事静岡県警のパトカーに保護されたという連絡を聞いた緑川は、犯人が逃げたことを聞いて、今回の勝負は引き分けだ、と明智に言った。だが、明智はこの勝負は自分の勝ちだ、と緑川に告げた。
　なぜならば、大胆不敵な犯行を行う女賊“黒蜥蜴”は、自分たちの目の前にいるからだ、と。明智は緑川の左腕に、黒い蜥蜴の刺青があるのを、岩瀬と波越警部にしっかりと見せつけたのだった。波越警部が手錠をかけようとしたが、しかし“黒蜥蜴”は一瞬の隙を突いて、明智達に催眠ガスを浴びせると、変装をしてまんまとホテルから逃げ出してしまった。
　
　明智探偵事務所に“黒蜥蜴”は電話を入れた。“黒蜥蜴”は、狙った獲物は逃さないと、賭けはまだ終わっていないことを、明智に告げた。名探偵・明智小五郎を屈服させることが、自分の夢なのだ、とも。
　明智は、賭けが続くことについて、自信を持って同意したのだった。
　そして、電話を終えた“黒蜥蜴”は、薬液曹に漬け込まれていた美青年を取り出し、早くお前の恋人を手に入れなければ、とつぶやくのだった。
　
　岩瀬邸では、早苗を狙う“黒蜥蜴”に対して、厳重な警戒体制を敷いていた。多くの警官が配置され、防犯ベルを完備し、窓にも鉄柵が備えられていた。そんな時、早苗の部屋に新しく備えるための応接セットが届いたが、それらさえも波越警部は部下に運ばせるのだった――そんな給料貰ってません、という愚痴を聞き流して。
　今回の事件でノイローゼ気味になってしまった早苗は、夕食も早々に辞し、自分の部屋へ戻るとピアノを弾き始めた。そんな彼女の後ろに、ソファに潜んでいた“黒蜥蜴”が忍び寄った。
　先ほどの家具屋が、不良品を配送したとソファを取り替えに来た。顔にパックをした早苗が、ソファを取り替えに来た刑事たちを出迎えた。今回もまた、怪しい人物を中に入れないための波越警部の手配だった。早苗は、入れ違いに浴室へ向かった。ちょうどその時駆けつけた明智は、早苗が自室にいるかを確認した。早苗が浴室にいると聞いた明智たちは、確かに女性が風呂に入っているのを確認した……しかし、それは早苗に化けた“黒蜥蜴”だった。“黒蜥蜴”は、まんまと浴室から脱出して、ソファを載せたトラックに合流した。そして、明智の口惜しがる顔が見たい、と妖艶に笑うのだった。
　一方、配送の件について家具屋に確認を取った明智は、応接セットが翌日に届くはずだったことを知ると、急いで浴室へ向かった。無論、浴室には誰もおらず、早苗の姿は岩瀬邸から消えていた。明智は、ソファに“黒蜥蜴”が潜んでおり、眠らせた早苗をソファに入れて、自分は浴室の潜り戸から抜け出したのだ。無論、最初にソファを持ち込み、不良品のソファと交換しに来た家具屋は“黒蜥蜴”の部下である。
　“黒蜥蜴”に、まんまとしてやられたことを、明智は認めざるを得なかった。
　“黒蜥蜴”は、自分の隠れ家で、早苗に対して“美術品”の紹介を行っていた。そして、美青年の剥製を示し、その右手に早苗が収まれば愛の標本が完成するのだ、と早苗に告げた。なんのためにそんなことを、という早苗に対して、人間の一生の中で一番美しい姿をそのまま保存することが自分の美学なのだ、と“黒蜥蜴”は答えた。そして、美しい肉体を美しい宝石で飾っている、という“黒蜥蜴”は、早苗の額には《エジプトの星》を飾るつもりでいたのだった。

　またしても明智探偵事務所に“黒蜥蜴”は電話を入れた。早苗を奪われたことについて明智は認めざるを得なかった。だが、最後の勝負はまだついていない、と明智は“黒蜥蜴”に言うのだった。そんな明智に対し、“黒蜥蜴”は絶対に自分は捕まえことができないのだ、と告げた。

　“黒蜥蜴”は、早苗の身代金として、《エジプトの星》を要求してきた。明日正午、羽衣競艇場にて、岩瀬庄兵衛自身が《エジプトの星》を持参することを条件に。娘の命には引き換えられない、と明智に預けていた《エジプトの星》を返して欲しい、と岩瀬は頼んだ。明智もそれを了承せざるを得なかった。
　岩瀬は、言われたとおり、《エジプトの星》を“黒蜥蜴”に渡した。“黒蜥蜴”は、しかし安心してはいなかった。今回の件に明智が絡んで来なかったそのことを不審に思っていたのだ。
　“黒蜥蜴”が、隠れ家で必要とする物資を積んだトラックを待っていた船は、積み込みを終了すると即座に港を出航した。隠れ家までの航海中に、ジャガイモの袋が空っぽになっていることを船員が知らせてきた。“黒蜥蜴”は、その袋の大きさを見て、即座に明智が船内に忍び込んだことを確信した。船内を全て調べたが、明智の姿は見つからなかった。だが、“黒蜥蜴”は私室のソファに何者かが潜んでいることに気がついた。そこから響くのは明智の声だった。“黒蜥蜴”は明智に対して敗北を認めれば、自分の島へ連れて行くと言ったが、明智は肯んじなかった。
　“黒蜥蜴”は、そのソファを海へ投げ込むことを命じた。そして、好敵手であった明智の死に、秘かに涙を流すのだった……。

　“黒蜥蜴”との勝負に一矢報いることもできず、明智小五郎は海中へ没してしまったのだろうか!?
　早苗は、美しい姿のまま、剥製にされてしまうのだろうか!?
　怪盗対名探偵は、ついに怪盗の勝利で幕を閉じてしまうのか――!!

感想：

　傑作。
　もう、この一言に尽きる。
　実に面白い。
　冒頭の外連味溢れる“黒蜥蜴”の登場シーンから、そのままＯＰクレジット中にストーリーが始まる、という流れるような展開は間違いないく観る者を引きつける。欠点があるとすれば、ドラマの展開が通常の探偵小説フォーマットに即していない、ということだろうか。しかし、“黒蜥蜴”対明智小五郎という緊張感溢れるストーリーが実現しているわけだから、致命的な欠点ではない。
　そう、“黒蜥蜴”対明智小五郎、怪盗対名探偵という世紀の対決を堪能できるのが、本作なのだ。

　物語の序盤、ホテルでの警備中、“黒蜥蜴”扮する緑川と明智との会話シーンから、好勝負の予感が頻々としている。
　緑川が“黒蜥蜴”と知る由はない明智に対して、まるで自分の正体がばれてもかまわないかのような、あるいは正体がばれるかばれないか、そのスリルを楽しんでいるかのような“黒蜥蜴”の描写。
　この時点では“黒蜥蜴”が緑川であることを確信しているはずはないが、自分を挑発しているかの緑川に対して何ものかを思わせるかのような視線を向けて応える明智の描写。
　この時点では直接対決というわけではないにも関わらず、“黒蜥蜴”と明智とが現れているときに画面中にただよう張りつめるかのような緊張感。
　やがて、緑川の正体が明らかになったその瞬間の盛り上がり。
　これだけで一つのドラマのクライマックスになりうるだろうが、これはあくまでも“黒蜥蜴”対明智小五郎の序盤戦でしかないのだ。
　これで面白くならないわけがない。
　ホテルでの戦いは引き分けとなり、岩瀬邸に移っての早苗護衛については、明智は一歩遅れてしまう。勝ち誇るかのような電話を入れてきた“黒蜥蜴”に対して、明智は決して敗北したわけではないことを告げ、再戦を期する。対戦相手が同じ夕陽を見ているだろう、とお互いを意識する“黒蜥蜴”と明智のシーンは、次の決戦の期待感を嫌が上でも煽り立てる。
　そして、《エジプトの星》との交換を利用しての明智の潜入、それに対する“黒蜥蜴”の防衛戦と、最終的に訪れる真のクライマックス。この間にわずかに触れられる“黒蜥蜴”の心情が、明智と“黒蜥蜴”の対決に彩りを添える。
　……もう、ドラマ的には言うことなしである。

　それ以外の些末な点について触れてみると、波越警部やっぱり意外と有能、というシーンがいくつか見られる。
　ホテルでの警備体制についても、人員の完璧な布陣を敷いているのだ。刑事の一人が緑川の甘言に動かされなければ、“黒蜥蜴”の作戦は失敗していただろう。また、岩瀬邸の警護についても、不審人物を邸内に入れない、という計画の元に、部下にぶーぶー文句を言われながらも、ソファ運びなどをさせている。
　波越警部本人の活躍シーンはほとんどなくて、睡眠薬を飲ませられて眠らされたり、デリカシーのなさすぎる発言をして早苗を不安にさせたり、といいところはないのだが、こうしてみると単なる無能な警部ではないのだ。ただ、対戦相手が悪すぎるのが、波越警部の不幸なのだろう。

　それにしても、怪盗ものの多くを見て思うのだが、「午前１２時にいただきます」みたいな予告状を出しておいて、実際に盗みを働いていたのは一時間以上前とか、その後とかってのは、どーしてもフェアには思えないんだが、そこらへんはどうなんだろう？

　あと、明智先生。最初から山川という男が怪しい、と睨んでいたのはいいけれど、その根拠は？　というか、山川を怪しいと思っていたんだったら、当然緑川も怪しいと思っていた、という解釈でいいのかなァ？　確かに、緑川が淹れたコーヒーを飲んでいないのは明智先生だけだった……だったら、午前１２時を回ったからといって、“黒蜥蜴”来なかったぞー、みたいな喜び方を“黒蜥蜴”本人の前でするなぁ！

　
　という、ツッコミの楽しみ方も出来る本作は、とにかく傑作である。
　あらすじは、本作の魅力の１００分の１も伝え切れていないだろう。
　機会があったら、是非見て欲しい作品の一つである。

見どころ：