なぜ天国から呼び戻すのか？

Why call them back from heaven?
訳：足立　楓
早川書房、ハヤカワＳＦシリーズ(1973/7/15発行)

昔書いた書評は、こちら

`STORY：`

　遺体回収に失敗したフランクリン・チャップマンの責任を問う裁判において、弁護人アン・ハリソンの必死の努力にも関わらず、有罪判決が下された。その結果、チャップマンの死亡時における死体の被保存権は剥奪され、彼は来るべき未来において不死の人生をおくる権利を永遠に失ってしまった。

　川沿いの出州で瞑想にふけろうと目を覚ましたオグデン・ラッセルは、夜のうちに風が十字架を吹き倒したのを目にして、十字架が風が吹くごとにぐらつくことは自分の信心と目的にそぐわない、と考えていた。

　永遠センターの早朝会議に出席するため出勤してきたＰＲ局長ダニエル・フロストは、ビルの壁に殴り書きされた『なぜ、彼らを天国から呼びもどすのか？』というスローガンを目にして、自分たちの作っているスローガンよりも出来がいい、と感じた。それから、フロストは、自分の車のバンパーにつけられた傷のことを考えた。バンパーの傷だけならともかく、ラジエータカバーまで損傷していては余計な出費がかかる。次の“人生”のためにも無駄遣いはしたくないのだが、万一これが原因で事故を起こすような危険も避けなければならない。第２の人生のために、今の人生ではできる限り長く生きて、できるだけ金を稼がなければならないのだから。
　永遠センターの早朝会議において、まず議題に上がったのは新しい倹約奨励キャンペーンの状況だった。最近は切手やコインを長期投資に利用する者が多くなったため、永遠センターの公債が買われなくなっていたのだ。フロストはこの状況を打破するための作業を行っていた。次に話題になったのは、“聖者”の一団による永遠センターへのネガティヴキャンペーンだった。フロストが目にしたあのスローガンも“聖者”の手に依るものだった。この問題は永遠センターの秘密警察局長であるマーカス・アプルトンの手に委ねられた。
　そして、時間研究計画部長の提案が議題に上がった。モナ・キャンベルという研究員が姿を消したのだ。彼女は、時間旅行計画に携わっており、最近になって入手された異星人の数学に基づいて時間移動を研究していた。時間移動の研究は、永遠センターにとって重要な課題だった。現在冷凍保存されている人たちが不死を得て蘇ってくれば、早晩生活空間の枯渇が大問題となって立ち塞がってくる。資源の問題は物質変換器の開発により解決されている。不死の問題を解決できるのは十年後が予想されている。しかし、宇宙開発には数百年かそれ以上の時間を必要とする。従って、時間旅行の問題は１００年、あるいはそれよりも前に解決されなければならないのだ。それにより、人類は過去の世界に生活空間を求めることができる。
　キャンベルの捜索についてアプルトン率いる秘密警察の活躍が期待されたが、アプルトンはフロストが極秘に利用してきた局外諜報員について言及した。この局外諜報員は、永遠センターに害を及ぼす可能性のある著作物の発表を妨害するための存在だった。永遠センター責任者のＢ・Ｊは、フロストが行っていたこの種の活動に憤慨し、フロストはこの場でアプルトンがこの話題を出して自分を貶めようとしたことに疑問を抱いた。
　執務室に戻ったフロストは、先ほどのアプルトンの行為が、三か月前に起こった些細なことが原因であることに気がついた。三か月前、財務局長のピーター・レイン宛に送られるはずの機密書類が、間違って彼の元に送られてきたのだ。フロストは自分でそれをレインに渡したのだが、その時、１枚の書類を渡し忘れていたのだ。

　午後、全ての予定をキャンセルしたフロストは、マンハッタンの下町の公園で局外諜報員のジョー・ギボンズと会合を持った。ギボンズはフロストに２５万ドルの取引を持ちかけてきた。フロストは２５万ドルを受け取る代りに、自然死と見せかけて死ななければならない。この取引に乗らなければ、第２の人生とは２００年も前に戦争を終わらせるためにでっち上げられたものであり、詐欺以外のなにものでもないという永遠センターに多大な不利益をもたらす書籍の出版が行われることになる。
　しかし、フロストはこの取引を断った。

　牧師のニコラス・ナイトは、久しぶりに教会に礼拝に訪れた男を目にした。男は何かを求めに教会に来たのだが、なにも見出せぬままに出て行こうとした。ナイトは男に声をかけたが、男は、チャップマンは拒絶した。ナイトが言う“永遠の生命”は、信仰を得ずとも既に得られているではないか、と。
　
　自宅に戻ったフロストが、アプルトンが仕掛けてきた罠の原因である書類を探していたとき、アン・ハリソンの訪問を受けた。アンはフロストにチャップマンのことで助力を求めにきたのだ。フロストは、自分が彼女の助けにならないことを率直に告げ、逆に彼女に助力を求めた。
　一緒に食事を取ったアンを見送ったフロストは、突然何者かの襲撃を受けた。気絶から蘇生したフロストは、自分が裁判所にいることを知った。罪状は人類に対する反逆罪というもので、それは永遠センターに不利益を為すような出版物を故意に黙認してきたという、フロストにとっては寝耳に水のことだった。麻酔薬を使った裁判は既に行われた後であり、有罪判決を下されたフロストは第２の人生を迎える以外、全ての権利を失う追放罪を受け、その証であるＯ字の入墨を額と両頬に入れられた。
　追放を受けたフロストを、聖者の一団が待ち受けていた。聖者たちはフロストを監視しており、フロストが何かを“知りすぎた”ことで追放を受けたものと考えていた。聖者たちはフロストを隠れ家に連れ込むと、信仰について話をした。永遠センターが行っている不死の研究は人間の中の悪であり、生身の人間に永遠に生き続けるという約束ができるわけはない、と。その時、隠れ家にアプルトン率いる秘密警察が踏み込んできたが、フロストは辛うじてその追求から逃れることができた。
　隠れ家を転々としてきたフロストに、チャップマンが接触を図ってきた。チャップマンはこの件でアンの手助けをしていたのだ。チャップマンは、アンから預かっていた非常時に使用できる小包をフロストに渡し、六ヶ月の間はいつでもフロストと接触できる機会を準備すると告げた。
　フロストは隠れ家に潜み、夜の間出歩く生活を続けていたが、彼に食事を与えてくれた男が何者かに狙撃されたことをきっかけに、街を出ることにした。行く先は青年時代に夏休みを過ごしたウィスコンシン州ブリッジポートにある古い農場。そこを目指し、フロストは盗んだ車で走り出した。

　フロストが巻き込まれた陰謀の真相とは？
　時間旅行解決の鍵を握るモナ・キャンベルの行方は？
　そして、永遠センターが計画する“永遠の生命”計画の行く末は？
　フロストが向かうその先に、全ての答えは待ち受けているのか!?

`感想：`

　入手が最も困難な作品であっただけに、本作には思い入れがある。その上で、もう少し科学によってもたらされる身体的な不死と、信仰による精神的な不死との相違、それによる知的衝撃を明確に描いてほしかったと思う部分がかなりある。作中、生と死は等価値……ではなくて、生命は不滅であり死も生命の一形態でしかないという“数学的”な証明が行われたという話が出てくることにより、肉体的な不死よりも信仰の方が重んじられるべきということになるのだが、その部分がどうにもとってつけた感があったりする。じっくりと科学と信仰との話を煮詰めていくというのではなく、陰謀に巻き込まれて逃げ出した先に謎解きをしてくれる人がいました、という展開がそう感じさせてしまうのだろう。
　すなわち、作中信仰と肉体の不死を秤にかけることになるオグデン・ラッセルや肉体の不死を剥奪されたフランクリン・チャップマン、その彼の訪問を受けた牧師のニコラス・ナイトが登場するパートと、本作の主人公であるダニエル・フロストとの接点がほとんどないという構成が本作の欠点となっていて、それが本作が語る物語のテーマ性を希薄化しているのだ。この点を対比させて明確にしていたとしたならば、本作は文句のない傑作に仕上がっていたに違いない。

　そういう点では不満の残る部分もあるが、作品世界を複数の視点から手馴れた感じで描写するあたりなどは、円熟期のシマックならではの上手さがある。第２の人生のために、ほとんど原野商法に近いような不動産売り込みが行われていたり、世界の頂点に立つ永遠センターへの入社（入省？、入庁？）のために努力に必死な青年、あるいは冷凍保存されている遺体に関わる都市伝説のようなものが流布していたりすることなど、遺体の冷凍保存による不死実現を待つ世界について、シマックならではの丁寧な描写が行われていることにより、作品世界に対する説得力はいや増すばかりである。
　また、人々は第２の人生を快適に過ごすために貯蓄に励んでおり、一杯のミルクをも惜しむような倹しい生活を送っているのだが、それが結果として“金持ちが天国に行くのはラクダが針の穴を通ることよりも難しい”というようなキリスト教上の教えを実現してしまっているというところに、本作のアイロニーがある。この辺り、現実のＦ１パイロットのように、命を的にして大金を稼いでいる人たちもいるわけだから、作品世界の中でもスリルを求めているにも関わらずそれを実現するのは怖いという人たちのために、例えばバンジージャンプ一回で大金を稼ぐ人とかもいてもいいような気もしないでもない。そういう人たちもいるという描写もあってもいいような気もするが、娯楽のためにかける金を惜しんで投資に回しているのが風潮である以上、他人様から広くお金を集めるような職業というのは廃れてしまったということなのだろう。そういうことを考えさせてくれるような細かい描写が、シマックの持ち味の一つである。

　なんにしても、遺体の冷凍保存による肉体の不死と信仰上の精神的な不死とは等価なのか、という点について追求しきれていない点に不満は残るのだが、本作はＳＦというジャンルにて信仰をモチーフとした作品群の中で、ある程度の地位を占めるべき作品であると思う。

`特記事項：`

アマンダ・ハケット

　フランクリン・チャップマンが遺体保存に失敗した女性。チャップマンが使用していた救急車が故障したために、彼女の遺体発見が遅れた結果、彼女の遺体は冷凍保存することができなくなってしまった。
　それにより、チャップマンに重罪が課せられることになる

“お互いに気をつけあおう”

　フロスト率いる永遠センターＰＲ局作成のスローガン。危険を避けることにより、不慮の死による遺体冷凍の失敗や、蓄財の欠如を避けることを目的としている模様

スイスの切手

　フロスト子飼いの諜報員であるジョーがフロストに連絡を取るために使用する符丁。
　雑貨スタンドの店主チャーリーがある国発行の切手を示し、それがスイスの切手だった場合、マンハッタンの下町にある公園で密会することになる。切手の値段が待ち合わせの時間を示しており、「１．３０（ドルにして１ドル８５セント）」であれば、13:30に待ち合わせということになる

長期投資

　冷凍から復活した人たちが第２の人生を歩む際の原資については、基本的に今の人生で稼がなければならない。稼いだ金については、永遠センター発行の長期債券を買うことが勧められているが、長期間保存が可能であり、長い期間を経た後に高価になることが容易に予想できる切手やコインに投資熱が高まってきている。
　これ以外にも絵画や彫刻、磁器等が投資対象となっており、特に土地の場合は、冷凍保存から復活してきた人々による生活空間の不足が予測されていることから、湿地などの現在居住に適していない場所までがそれなりの値段で取引されている

ハマール式数学

　２０年ほど前、宇宙研究局によって調査が行われた、かつて知的生命体が棲息していたハマール第４惑星で発見された数学。人類に既知の数学とは全く体系が異なっていたため、モナ・キャンベル以外の誰もがそれを利用しようとは思わなかった。
　キャンベルは、この数学を研究した結果、ある結論に辿り着いてしまったことから、失踪してしまう

２１４８年６月５日

　上記の時点で、安眠者が９６６億７４３２万１４５８人、生存者が４７１億２７９３万２０７６人、地球上に存在する。
　なお、１０年後に不死の達成が予測されている

エッティンガー

　死の原因となる病気が医学的に処置できる日が来るまで遺体を冷凍保存することを提唱した人物（実在）。本作における世界は、この人物が提唱した考えが時間をかけて浸透したことにより誕生したものである。
　遺体の冷凍保存（クライオニクスと称する）の詳細については、こちらを参照

追放刑

　遺体の冷凍保存権剥奪に次ぐ量刑。両頬と額に赤色の“Ｏ”の字の入墨を入れられ、着ている服以外の所持物をすべて奪われ、他人と関係を持つことも許されない。ただし、胸部に埋め込まれた発信器はそのままなので、野垂れ死にしたとしても、遺体は冷凍保存される。復活後は入墨も削除してもらえるが、先の人生で無一物となってしまっているので、第２の人生を迎えたとしてもすぐさま貧民窟の住人になってしまうことが予想されている

アン・ハリソン

　生まれも育ちもマンハッタン、コロンビアで法律を学び、フランス、日本に一回ずつ休暇を過ごしたことがある

アパート

　永遠センターは高さが１マイルほどもある巨大な建物であるが、実はそれだけの建物を建造して維持できるかどうかの実験的モデルでもある。このような巨大アパートを建てることにより、１０兆人に達するであろう復活者とその半分近い現在の人々の住居を実現することを計画している。
　既に、日本では広大な範囲にアパートを建てているらしい

スティーブン・ファーネス

　１９７２年、雇用先である美術館から一財産の価値がある翡翠のコレクションを盗んだ男。
　彼が残した手紙に基づいて、盗まれた翡翠のコレクションが隠されている場所を探し求めるエイモス・ヒックリンという男が存在する。目的は、当然この貴重な芸術品で、数百年、数千年後の金銭的な価値は計り知れないものがあるはずである。しかも、そのくらい未来になれば、それが盗品であるという記録が散逸する可能性は高いので、安全に取引できるということから、ヒックリンはこの翡翠コレクションを第２の人生の資金に充てようとしていた

脳

　さすがにこれが破壊されると、第２の人生を歩むことができないらしい。
　それ以外にも、遺体の損壊が激しい場合には、冷凍保存を行ったとしても、復活はできない模様

アン・ハリソンが送ってくれた小荷物

　追放者にされてしまったフロストに対して、アンが送った小荷物の中には、釣り針と釣り糸、ポケット・ライターと一罐の燃料、予備のライター石と替え芯、頑丈なポケットナイフ、小さな鋏、くし、缶切り、小さな医薬品が収められていた

送信機

　生まれたときから、人はこの送信機を胸部に埋め込まれる。成長するにしたがって何度か送信機を埋め込み直し、１０代を過ぎると最終的な送信機が埋め込まれる。
　この送信機により、心臓が停止したことを感知できるので、各地にある救急センターが遺体を回収し、冷凍保存を行うことが可能となる

車

　競争や顧客の要求が無くなったことにより、車のモデルチェンジが行われなくなったので、全ての車は１つの会社によって生産されるような同じ形となった。場所を取らないように小さく作られており、一生使えるバッテリーが動力になっている。また、スピードは鈍く、重心は低く、乗客を守る安全装置が備わっている

新年会

　永遠センターでも新年会は行われているらしい。
　この席で、フロストとモナ・キャンベルは顔を合わせていたが、フロストはそのことを全く覚えていなかった

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