ジャニュアリアン（双面神）・クラブは、イースタン大学の１９１３年度第一回卒業生の同窓会であった。当初は１１人で構成されていたこの会は、戦争や大恐慌を経て現在は７人で行われていた。ビル・アップダイクはその会員であり、さらに特に資力のある会員５人だけで構成される秘密クラブの主宰でもあった。この秘密クラブは投資による蓄財を目的としたもので、今やその基金は２０万ドルに達しようとしていた。
そして、その秘密クラブを構成する会員のうち、すでに３人までが死んでいることから、基金を独り占めしようと企む何者かがいるのではないか、ということを心配したアップダイクは、エラリイの元を訪れる。エラリイは、アップダイクの依頼を受けるのだが、なんとアップダイクはその秘密クラブの最後の会員名を明かそうとはしないのだ。
クイーン警視の協力を得たエラリイは、３人の死因に不審なところはないことを確かめ、アップダイクに報告を行おうとした。しかし、その時アップダイク自身が自動車事故を起こして死んでいたのだ！
エラリイの調査によって、これが事故でなく殺人であることは明らかになった。犯人は、秘密クラブの最後の会員に違いない。しかし、その最後の会員は、ジャニュアリアン・クラブの３人のうち、誰なのか？ エラリイはアップダイク夫人の言葉から、その男を突き止めるためのヒントを得た！
タイトルの『双面神』の“双”の字は、本当は旧字である。辞書にはないため、当ててしまったので、書誌事項に関してはちょっと問題があるかもしれない。
それはそれとして、『犯罪カレンダー』出だしの１月のお話は、比較的軽めの展開である。長編に比べると、クイーンの短編で使われる謎解きネタは軽めのものが多い。確かに短編で長編並のトリックやら謎解きはできないわけだから、ネタとしては軽めになって当然と言えば当然なのだが、なんというか、クイーンの短編はそれこそパズル的な謎解きが描かれているのである。
本作も軽めのネタで謎解きが行われている。登場人物名に気をつけていれば、そのスジに詳しい人ならば、犯人が一発でわかってしまうだろう。お話としては特に傑作ということもないのだが、話のまくらとしては悪くないと思う。傑作すぎては後が続かないし、駄作では読み進めていく気力が失せてしまうのだから、こういうお話から入るというのはアリ、だろう。
銀行家ぐらい、世間の事情にうとい人種はない(P.24)そうである。確かにもっとも、という気はする。エラリイは、さらに
銀行家には、特別豊富な経済知識があると思うことが、大きな間違いだ(P.24)とさらに語る。ますますもっともだ、という気がする
エラリイは突然ジェイムズ・イジーキェル・パッチという人物の訪問を受ける。パッチはワシントンに関するものならなんでも集める収集家だった。さらに、コイン収集家であるチェク男爵夫人、稀覯書家のジョン・セシル・ショー教授もやってきた。彼らは、一様にエラリイに呼びつけられたという電報を見せる。そして、マーサ・クラークという農場主の娘が現れ、自分が彼らを集めたのだ、と語る。
マーサは担保に入れた農場のために６０００ドルの現金を必要としており、それに相当するものが自分の農場に埋められている、という証拠を示すための古書を見せた。そこには、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンの長剣と５セント銀貨の鋳造見本をワシントンが埋めたと記しているのだが、どこに埋められているかわからないため、マーサはエラリイの助力を必要としたのだ。証拠の日記は２０００ドルで売れたのだが、あと４０００ドルを得るためにはワシントンの遺物を発見しなければならない。しかし、日記の記述通りの場所を探してみてもワシントンの遺物は発見することができなかった。エラリイとワシントンとの知恵比べは、どちらに軍配が上がるのか？
２月の話はワシントン対エラリイの知恵比べの趣向を取っている作品。エラリイは結構歴史上の人物とも対決させられており、他にシャーロック・ホームズと切り裂きジャックとも対決する作品がある。
さて、話そのものはそれほど難しい話ではなく、やはり軽く読める作品である。ただ、２月という時期を選ぶにあたって、ワシントンの話を持ってきたところが、なんともアメリカらしいという感じがする。
また、『犯罪カレンダー』内で、エラリイに嫉妬するニッキーを見られるのは本作だけである（笑）。
無限に大きくなるのか(P.50)と怖くなってしまった
あんたってひとは、木のことは、あんまりあかるくねえな(P.62)とトビアスは言うが、昆虫学を習って唯一覚えていることが“跳躍性の直翅類は蟋蟀科（グリリダイ）”というエラリイが、木のことに明るいわけはないのである（笑）
マイケル・マグーンは冴えない私立探偵であった。華々しい事件には縁がない男であった。そんな彼の所得税申告用の資料一切合切が、所得税申告日を前にして盗まれてしまう。エラリイは所得税申告用の資料に重要なものが含まれており、犯人はそれを目的としたのではないか、と推理する。事実、マイケル・マグーンは大富豪クレメンタ・ヴァン・ドゥム夫人の一人娘マルグレタの盗癖の後始末をしており、それに関する請求書や領収書は恐喝の材料にもってこいの代物だった。
事務所を共同して借りているカースン夫人の部屋でボヤが起きたとき書類が盗まれたのではないか、と考えたエラリイたちは、貸事務所に戻ってみるのだが、そのカースン夫人の射殺死体が発見された。貸事務所の他の借主も怪しいが決定的な証拠が見つからない。そうこうしているうちに、クレメンタ夫人の元に恐喝状が届く。極秘に張り込みを行ったエラリイとクイーン警視たちであるが、恐喝者はその場に姿を現さなかったため、犯人を逮捕することはできなかった。
果たして、マイケルの書類を盗み出し、クレメンタ夫人を恐喝したのは何者か？ そして、カースン夫人を殺した者の正体は？
アメリカの所得税申告日であった３月１５日をモチーフにした作品。元日を主題にしていた１月のお話や、ワシントンの誕生日がある２月のお話に比べると、いきなり俗っぽい日付が主題となっているが、カレンダーとしてみれば重要な日でもあるし、アメリカ人の生活が透けて見えるという意味で面白いモチーフであろう。
作品自体も面白い作品で、しがない私立探偵の書類が盗まれたことを発端として、大きな犯罪が企まれているという展開が魅惑的である。このマイケル・マグーンという私立探偵についての描写も、この頃（１９５２年）隆盛していたハードボイルド派に対する作家クイーンの皮肉な視点があって興味深い。
ただ、犯人の意外さは買えるのだが、エラリイが犯人を当てるプロセスが完全に開示されていないのが惜しまれる。“画竜点睛を欠く”という箴言の典型的な一例と言えるだろう。
３月の最終週の週末、エラリイはニッキーとともに、クイーン警視に連れられてコネチカットのジム・ハガード邸へ行くことになった。ジムはクイーン警視の旧友であり、４０年前の彼の結婚式のとき、クイーン警視は介添人を務めたのだ。その彼は１０年前に亡くなり、妻コーラも２年前に亡くなった、とのことだった。だが、エラリイ一行を駅まで迎えに来た息子のマークは「父の死因は自殺ではなく、家族の誰かが銃で撃ち殺したのだ」と語る。その証拠は、死体が発見された部屋で見つかった二丁の拳銃と、死体の手に握られていた二つのルビーのダイスだ、というのだ。
エラリイは、残されていたダイスを振るい続け、ジム・ハガード殺人事件の真犯人を解き明かした。そして、その事件に秘められていた真相をも……！
本作の謎は、『頭の体操』向けのネタではあるので、何かのときに使えるかもしれないから、覚えておいて損はない……かもしれない。
ワシントンにある国会図書館の調査を済ませての帰り、エラリイとニッキーはゲッティズバーグに代表される南北戦争の古戦場を見物するが、その途中時ならぬ豪雨に見舞われ、しかも車が故障してしまう。おりよくもアックスバーグの村長にして医者にして警察署長を勤めるマーティン・ストロングに助けられた彼らは、メモリアルデイに行われる記念行事に参加することになった。それは、ゲッティズバーグの生き残りのうち最年長の者がラッパを吹くというものであった。だが、マーティン医師は、去年のメモリアルデイでラッパ手を努めたカレブ・アトウェルがラッパを吹き鳴らしたその時に、還らぬ人となったことについて疑問を抱いていた。
マーティン医師の疑問はもっともなものであった。その戦争の生き残り、カレブ、ザック、アブナーの３人は南北戦争中に財宝を発見し、最後まで生き残ったものがそれを手にすることができる、という誓いを立てていたのだ。カレブが亡くなり、残ったのはザックとアブナーの二人、そのどちらかがカレブを殺したのであろうか？
アブナーが脳溢血で倒れてしまうという不慮の事故があったものの、メモリアルデイの行事は滞りなく行われ、いよいよ今年のラッパ手ザックの吹奏を迎えた。ところが、ザックはラッパを口にした途端、やはり倒れてしまったのだ！
南北戦争の財宝にまつわるこの事件の謎を、果たしてエラリイは解き明かすことができるのか？
アメリカの歴史に重大な影響を与えた南北戦争。その戦闘の中でももっとも熾烈を極めたとされるゲッティズバーグの戦いを背景にした作品。またしてもトンチ氏式保険が出てくるのだが、１月とは若干趣向が異なっており、それほど違和感ない作品に仕上がっている。三人の生き残りが発見した財宝というのが、南北戦争時代を反映しているのも、作家クイーンならではのエスプリが効いている部分である。
エラリイの推理自体は、それほど難しいものではない。犯人当ても決して難しくはないであろう。本作は、そのような犯人当てよりも、メモリアルデイというアメリカの記念日の一風景を描いているという点の方が興味深い作品に仕上がっていると思う。
ぼくは経理課員的な頭の働き方をする人間でしてね(P.157)と語っている。しかし、記憶術そのものは経理課員的な頭の使い方とは関係ないと思うのだが……
リチャード・Ｋ・トロイの長女ヘレンは、伝説のトロヤ戦争の美女ヘレンの名に相応しい美女に成長した。その彼女に対して、二人の求婚者が現れた。一人はヨーロッパ出身の貴族の息子ヴィクター・ラッズ。もう一人は証券セールスマンのヘンリー・ミッドルトン・イエーツ。二人はヘレンを巡って争ったが、粗暴な振る舞いに及んだラッズを嫌ったヘレンはヘンリーを伴侶として選んだのだが……。
ヘンリーとヘレンに対して、底意なく接するラッズだが、ヘンリーとの結婚を決めたときに激昂したラッズが殺意を示したことは、その場にいた誰も忘れてはいなかった。また、ヘレンの妹エフィーがヘンリーに好意を抱いていたことも。そして、ラッズがヘンリーの介添人を買って出たことで、関係者の疑惑は一段と高まった。そこで、エラリイとヴェリー部長刑事が、結婚式当日まで警護を行うことになった。
結婚式当日を迎え、指輪交換のその時、介添人のラッズが指輪を忘れてきたことに気づいた。指輪そのものはすぐに見つかり、滞りなく式が終わったと思われたその時、ヘレンが突然倒れてしまったのだ！ エラリイとヴェリー部長刑事の前で行われたこの大胆な殺人事件を前にして、エラリイの推理は揺らぐのだが……？
ジューンブライドを題材にした作品である。６月と言えば確かにジューンブライドであろうが、他のネタがなかったのかな？という気もしてしまうエラリイ、ボケをかます篇。考えすぎてしまったために事件解決について、クイーン警視に一歩譲ってしまうという展開である。まあ、本作はそれだけの作品かな、という感じである(^^;)。